ポストコロナのIT・未来予想図

ヒューモニー特別連載3

第35回 宇宙共通の通貨?

2021年05月12日 掲載

筆者 山岡浩巳(やまおか・ひろみ)  

脱炭素やESG・SDGsへの関心が高まる中、これらとITやデジタル化がオーバーラップする有望分野の一つが、脱炭素化を巡る市場メカニズムの導入である。元日銀局長の山岡浩巳氏が解説する。

映画「スターウォーズ」シリーズでは、ハン・ソロのジャバ・ザ・ハットへの借金といった話は断片的には出てきますが、「おかね」のやりとりは殆ど出てきません。そもそも別々の惑星が同じ中央銀行を共有するとは考えにくいですし、金やダイヤモンドも、惑星によっては余るほど採れるので大して価値がないのかもしれません。ファルコン号やデス・スターの建造にかかった費用は、一体どのように支払われたのでしょうか。 この点、2018年に公開された同シリーズのスピンアウト作品“Solo”(邦題「ハン・ソロ」)では、「コアクシウム」という強力なエネルギー源が、宇宙共通の通貨代わりに使われているらしい描写があります。エネルギーの重要性は、同じ物理法則の下で生きている限り、おそらく宇宙共通でしょうから、確かに惑星間の取引ではおかねの代わりにもなりそうです。

エネルギー大量消費社会としての近代

地球経済が急速な成長を始めたのは、近代、イギリスで産業革命が起こって以降のことであり、それまで、世界経済は殆ど成長していなかったと考えられています。そして、近代以降の経済成長の大きな原動力となったのが、エネルギーの大量消費でした。

世界の一人当たりGDP1990年時点の米ドル換算)

「化石燃料」と呼ばれる石炭や石油は、はるか太古の昔から存在していた生物(シアノバクテリアなど)が長年にわたり太陽のエネルギーを炭素化合物の形で溜め込んだものと、一般的には考えられています。ジェームス・ワットの蒸気機関の発明がとりわけ画期的であったのは、地球が何十億年もかけて蓄積してきたエネルギーを、人類がほんの数百年で一気に使ってしまえるような、エネルギーの大量消費による経済成長を実現させたことでしょう。

もっとも、このようなエネルギーの大量消費に支えられた経済成長は、現在、再考を迫られています。化石燃料から普通のやり方でエネルギーを取り出そうとすれば、二酸化炭素を発生させ、地球温暖化につながってしまうということで、世界の議論は、その排出を制限する方向に動いているからです。そうなると、化石燃料をそもそも使わないか、二酸化炭素を出さない方法でエネルギーを取り出すか、あるいは、二酸化炭素を出した分、どこかで吸収するほかはありません。

脱炭素化と市場メカニズム

そして、地球全体の脱炭素化の鍵を握るのが、市場メカニズムの活用です。

温暖化問題に直接関心を持つ人々だけがいくら二酸化炭素を出さないよう努めても、それ以外の人々が二酸化炭素を出し続けていては、地球環境全体への効果は限定的になります。一方、二酸化炭素を多く発生させながら生産される製品ほど、その分、価格を高くできれば、誰もがそうした製品の購入に慎重になるでしょう。

また、「脱炭素化を推し進めた方が経済的にも得」といったインセンティブを創り出すことは、環境問題への対応を持続的なものにする上で重要となります。献身的なボランティアに頼る活動は、長続きしにくいからです。

さらに、それぞれの主体が予め定められた量の二酸化炭素だけを削減しようとするのではなく、それぞれが可能な限りの削減に取り組んだ方が、全体としての効果が大きくなります。このような仕組みを構築する上でも、市場メカニズムは重要です。

鍵を握るデジタル技術

とはいえ、このようなメカニズムを現実に実現することは、容易ではありません。

例えば、さまざまな製品について、どの程度二酸化炭素を出しながら作られてきたのか、トラッキングできなければなりません。直接製造される過程では専ら電力が使われていても、その発電の段階で二酸化炭素が排出されているかもしれませんし、廃棄の際の二酸化炭素排出も考慮しなければなりませんので、トラッキング自体が高度な情報処理を必要とします。さらに、二酸化炭素の排出量をそれぞれの製品の価格に正しく反映させる必要がありますし、「ごまかし」を監視する仕組みも必要です。

かつてのソ連の経済的崩壊が示すように、このようなメカニズムを中央集権的に実現するには、世界中の国々が統制的な仕組みに従って大量のデータを処理する必要があり、とても現実的ではありません。そこで、1997年の「京都議定書」などによって考えられたのが、「排出権取引」などのメカニズムです。これは、それぞれの経済主体が「損得」を判断しながら、二酸化炭素の排出削減に努めることが想定されています。例えば、二酸化炭素の排出削減が安価にできる国は、排出削減にコストがかかる国から対価の支払いを受け、代わりに自国の二酸化炭素を余計に削減してあげることになります。いずれにしても、個々の経済活動を地球環境の持続性確保につなげていくには、デジタル技術の活用が不可欠です。

世界共通のマネー?

このような市場ベースの取引が全世界で広がれば、「排出権」のような権利が、国境を超えてマネー類似の機能を果たす可能性も考えられます。

マネーの歴史をみると、その機能の根本にあるのは、穀物を作ったり金や塩を掘り出すための人間の労力など、誰もが納得できる単位を用いて、さまざまな財やサービスの価値を定量化する、価値尺度としての機能です。そうだとすると、全ての人間が何らかの形でエネルギーを使って生きている以上、「地球を壊さずに済むエネルギー」も、やはり、世界共通の価値尺度となり得るでしょう。

また、マネーにとって最も重要なメカニズムは、「過剰な発行を防ぐ」ことによる信認確保です。この点、例えば排出権は、概念的には地球の負荷そのものが発行量の上限となり得ます。地球を壊してしまうほどの量は発行できないはずだからです。

このように考えていくと、「グリーンであることの認証付きのエネルギー」などが、将来的に「世界共通のマネー」となる世界も考えられないわけではありません。そうなると、まさに映画“Solo”の世界に近づくわけです。(もちろん、必ずしも、これらが日々の買い物に使えるということではなく、さまざまな通貨をつなぐ共通の交換尺度となる可能性の方が高いでしょうが。)その時、エネルギーの「認証」には高度なデジタル技術が必要となるでしょう。例えば、二酸化炭素を排出せずに作られる「グリーン水素」とそれ以外の水素とは、水素そのものを見ても区別がつきません。それぞれの水素の製造過程まで検証しなければいけないわけで、デジタル技術抜きには困難と考えられます。

現在、排出権などの価格は、市場の思惑などによりかなり大きく変動しています。これは、脱炭素化に関する各国のスタンスを巡る思惑や、世界的に見れば排出権などの取引インフラが十分に整備されていないことなどを反映しています。

逆に言えば、排出権やグリーンエネルギーがグローバルなマネー代わりに使われるぐらいその価値や市場の見方が安定すれば、多くの経済主体が温暖化防止に向けた取り組みの共通の目安を持ちやすくなり、地球の持続性にも資すると考えられます。そのためのインフラ整備は、今後、全世界的な課題となっていくでしょう。

 

連載第36回「排出権取引市場とIT」(519日掲載予定)

■ヒューモニー特別連載3 ポストコロナのIT・未来予想図

写真/ 山岡浩巳
レイアウト/本間デザイン事務所

筆者

山岡浩巳(やまおか・ひろみ)

フューチャー株式会社取締役
フューチャー経済・金融研究所長

1986年東京大学法学部卒。1990年カリフォルニア大学バークレー校法律学大学院卒(LL.M)。米国ニューヨーク州弁護士。
国際通貨基金日本理事代理(2007年)、バーゼル銀行監督委員会委員(2012年)、日本銀行金融市場局長(2013年)、同・決済機構局長(2015年)などを経て現職。この間、国際決済銀行・市場委員会委員、同・決済市場インフラ委員会委員、東京都・国際金融都市東京のあり方懇談会委員、同「Society5.0」社会実装モデルのあり方検討会委員などを歴任。主要著書は「国際金融都市・東京」(小池百合子氏らと共著)、「情報技術革新・データ革命と中央銀行デジタル通貨」(柳川範之氏と共著)、「金融の未来」、「デジタル化する世界と金融」(中曽宏氏らと共著)など。