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ポストコロナのIT・未来予想図

ヒューモニー特別連載3

第69回 デジタル化とメタバース

2022年01月26日 掲載

筆者 山岡浩巳(やまおか・ひろみ)  

昨年、急速に拡散した言葉に「メタバース」がある。米フェイスブック社も「メタ」へと社名を変更した。では、「メタバース」という言葉が登場した背景は何なのか。元日銀局長の山岡浩巳氏が考察する。

 最近話題のニュースの一つに、米国のシューズメーカーであるナイキ社がバーチャルスニーカーの会社(RTFKT社)を買収したことが挙げられます。「靴は履くもの」という考え方からすれば、実際に履けないバーチャルのスニーカーって何?と考えそうですが、一方で、「メタバース」と呼ばれる仮想空間の中での自分の化身(アバター)に履かせられる世界唯一のスニーカーに期待をする人々もいます。

Google Trendsによる“Metaverse”の検索出所:Google Trends

このことが象徴するように「メタバース」や、これと結びついた新たなインターネット環境を指す「Web3」という言葉には、かなりの賛否両論があります。人間の精神活動の領域を広げ、新しいつながりを生むものであり、新たな経済成長の源にもなると考える人々がいます。その一方で、モノを売る宣伝文句としての色彩が強いのではないかとの意見もあります。その代表例がテスラ社創業者イーロン=マスク氏がWeb3を評した「現実と言うよりも、モノを売り込むための流行り言葉のように見える(“seems more marketing buzzword than reality”)という発言です。

Google Trendsによる“Web3”の検索出所:Google Trends

いずれにしても、既に「あつまれどうぶつの森」のようなゲームやVR機器がある中で、この言葉がなぜ去年出てきたのかを考えてみることが、メタバースの真の発展のためにも、また、これが安易な宣伝文句に使われないためにも有益と思います。

メタバースとブロックチェーン、NFT

「メタバース」や「Web3」を巡っては、さまざまな可能性や論点が指摘されています。それらに詳細には立ち入りませんが、これらの用語が登場した大きな背景として、“NFT (Non-Fungible Token)”という、ブロックチェーン・分散台帳技術の新たな用途の発見を挙げるべきでしょう。

2009年に、最初の暗号資産(仮想通貨)であるビットコインと共に登場したブロックチェーン・分散台帳技術は、中央集権的な帳簿管理者を置かずに権利の連続を証明することができる技術です。そして、「権利の連続」としてまず思いつくのは、人から人へと転々流通する「お金」です。したがって、まず「お金」類似のものにこの技術を使えないかとの考えから、暗号資産への応用が最初に試みられたのも自然といえます。

ビットコインなどの暗号資産は、「代替性トークン」(Fungible Token)」ともいえます。「トークン」と言えば、かつてニューヨークなど海外の地下鉄で切符として使われていたコインのようなものが有名ですが、何かを表象するものを広く指す用語です。また、円やドルなどの通貨は、誰が持っていても同じものなので、もちろん「代替性」があります。そして、Aさんが持っているビットコインとBさんが持っているビットコインは取り換えても同じなので、やはり「代替性」があるといえます。

ニューヨークの地下鉄の「トークン」©︎ニューヨーク市地下鉄

これに対し、NFTは「非代替性トークン」、すなわち、それぞれに個別性があり取り換えのできないトークンです。例えば、Aさんの履いているスニーカーとBさんの履いているスニーカーの柄が違っていれば取り換えが効かないわけです。このため、NFTを使えばバーチャル空間の中に「この登場人物しか持っていない、世界唯一のスニーカー」などを作り出すことができます。

メタバースでのNFTの応用

NFTは、ブロックチェーン・分散台帳技術の新たな応用の可能性を開くものとして期待を集めています。

ブロックチェーン・分散台帳技術は、技術として高い応用可能性が期待されてきましたが、ビジネスを通じた収益化が大きく進んだとは言えません。暗号資産は支払決済の手段としては殆ど使われませんでしたし、既存の金融資産の分野では、証券のブックエントリーシステムなど中央集権型のインフラが既に発達しており、ブロックチェーン・分散台帳技術が参入する余地が限られたからです。

この点NFTは、暗号資産でも既存の金融資産でもない、新たな資産や権利にブロックチェーン・分散台帳を応用できる可能性を拡げています。例えば、米国バスケットボール協会(NBA)の“NBA Top Shot”は、選手のハイライトシーンの動画を、複製のできない部数限定の資産として取引することを可能としています。

メタバースの留意点

もちろん、一部に警戒的・批判的な意見もあるように、メタバースやWeb3の発展にとって考えるべき点も多いように思われます。

まず、「ブロックチェーン・分散台帳の収益機会」という点では、もちろん、これらが新たな価値を創出したり、アスリートや芸術家、音楽家、クリエイターとファンの間に新たな繋がりを生む可能性があります。

その一方で、新しい市場ではとかく「バブル狙い」の動きもつきものです。リーマンショック時に複雑な証券化商品に生じたバブルの原因として、原資産の価値とのつながりが把握しにくくなってしまったことが指摘されてきました。この点、近年、真っ先にNFT化の対象となったものが、現代アートのように一般の人々に価値が把握しにくいものであったことには留意すべきでしょう。加えて、「メタバースでのNFTの支払いは暗号資産で」と、リスクの高い暗号資産を金融リテラシーの乏しい人々に売り込む宣伝文句に使われる可能性も考えられます。

メタバースはいわば、西部劇のような未開地の開拓に近いものがあります。もちろん、そこには証券取引法などもありません。これを最初から規制でがんじがらめにしてしまうと新しい世界が発展しにくくなるわけですが、逆に無法地帯になってしまうと誰も行きたがらなくなります。このビジネス領域を開拓する人々が自発的に規律をもって、他の人々が安心して住める世界を作っていけるかが鍵になるでしょう。

本質的な価値が問われる

ナイキの登場前、スニーカーは「運動靴」であり「バッシュ」でした。そもそも黒い靴は審判が履くもので、バスケ選手の靴はほぼ白ばかりでしたから、「黒いバッシュ」の登場自体目新しいものでした。何よりも「エアジョーダン」のような個人名を冠したバッシュはかつて無かったものでした。では私も含め、なぜ多くの人々がエアジョーダンを買ったかといえば、「ジョーダンという選手が、それほど世界に衝撃を与えた唯一無二の存在だったから」だと感じます。

結局、メタバースやWeb3の発展にとっては、そこにあるコンテンツが本当にどのくらい価値があるものかが、決定的に重要となるように思います。

 

連載第70回「米国のデジタル通貨報告書」(22日掲載予定)

■ヒューモニー特別連載3 ポストコロナのIT・未来予想図

写真/ 山岡浩巳
レイアウト/本間デザイン事務所

筆者

山岡浩巳(やまおか・ひろみ)

フューチャー株式会社取締役
フューチャー経済・金融研究所長

1986年東京大学法学部卒。1990年カリフォルニア大学バークレー校法律学大学院卒(LL.M)。米国ニューヨーク州弁護士。
国際通貨基金日本理事代理(2007年)、バーゼル銀行監督委員会委員(2012年)、日本銀行金融市場局長(2013年)、同・決済機構局長(2015年)などを経て現職。この間、国際決済銀行・市場委員会委員、同・決済市場インフラ委員会委員、東京都・国際金融都市東京のあり方懇談会委員、同「Society5.0」社会実装モデルのあり方検討会委員などを歴任。主要著書は「国際金融都市・東京」(小池百合子氏らと共著)、「情報技術革新・データ革命と中央銀行デジタル通貨」(柳川範之氏と共著)、「金融の未来」、「デジタル化する世界と金融」(中曽宏氏らと共著)など。