米国の政権が代わるとともに、地球温暖化問題への関心は、世界的にも一段と高まっています。
しかし、この問題は非常に複雑です。例えば、二酸化炭素の排出を減らすためには、単にガソリン車を電気自動車にすれば良いわけではありません。道を走る時には二酸化炭素を出さなくても、電気を作る段階で二酸化炭素をたくさん排出しているかもしれないからです。では、二酸化炭素を出さない原子力発電を増やすべきか? これにはまた別の難しい問題があります。
また、「地球に優しい」、「環境に優しい」がもっぱら宣伝文句として濫用される「グリーンウォッシュ」の問題も深刻化しています。さらに、「地球温暖化対応」が、将来に向けた各国間の産業の主導権争いという性格を帯びる面も否定できません。例えば、「我々の国の産業は環境に十分配慮しているが、〇〇国は我々の国より環境基準が甘い。だから、その分輸入品に炭素税を賦課する」といった政策は、一歩間違えると保護主義の隠れ蓑として使われるおそれもあります。
ビットコインとテスラ
さらに、IT化やデジタル化と地球温暖化との関係をどう考えるか、という問題もあります。
今年、テスラ社のCEOであるイーロン=マスク氏が、テスラの支払いにビットコインを受け入れると表明し、ビットコイン高騰のきっかけとなりました。一方で、テスラ社本体にとっては市場での評価には必ずしもつながらず、テスラ社の株価は下落しました。
現金とデジタル決済を比べれば、デジタル決済の方が環境にはフレンドリーに見えますが、実際のところどうなのでしょうか。現金は電気がなくても使えますが、物理的な輸送やATMの稼動などには相当なエネルギーを使います。(もちろん、だからといって現金を無くそうというのは乱暴な議論であり、停電の時でも使える現金は、重要なライフラインとしての役割を果たす面があります。)
一方、ビットコインは、「マイニング」と呼ばれる、巨大な計算を通じた取引の認証行為そのものにかなりの電力を使います。しかも、取引の認証が常に10分程度で行われるよう、計算機の性能向上に伴って、どんどんマイニングの計算を難しくする調整が行われます。したがって、そのために要する電力消費量も増えやすくなります。現在、ビットコインのマイニングのために、フィリピンの電力消費量に相当する電力が使われており、そのための二酸化炭素排出量はロンドンに匹敵するとの試算もあります。中央銀行の集まりである国際決済銀行(BIS)のカーステンス総支配人も2018年、暗号資産は環境問題(environmental disaster)に結び付き得ると指摘しています。
テスラによるビットコインの受け入れ表明が市場に好感されなかったのも、このことが主因と考えられます。もともとリバータリアン的な指向の強いテスラ社CEOには、「どの国家にも依存しない」というビットコインは魅力的に映るでしょうし、「再生可能エネルギーを開発し、マイニングの電力に充てれば良い」との発想もあるかもしれません。しかし、国に信頼を頼らない分、大量の電力を使って信頼を作らなければいけないビットコインと、環境フレンドリーを訴えるテスラの企業イメージとのギャップが、市場には強く意識されたわけです。
デジタル化による電力消費
現在、デジタル技術の急速な発展や、スマートフォンなどIT機器の世界的な普及を背景に、人類の生み出すデータ量は急速に拡大しています。仮に、データ処理量にほぼ比例して消費電力が増えると仮定すると、先行き、IT化に伴って消費電力も大幅に増加するという試算結果になります(2050年には2016年の約4,300倍)。
IT関連の消費電力予測<2030年および2050年は予測>出所:国立研究開発法人科学技術振興機構・低炭素社会戦略センター
ただし、この試算には今後の省エネ努力の効果は盛り込まれていません。日本ではさまざまな省エネ努力の結果、電力消費の伸びは1990年代以降、総じて抑制されています。もちろん、同時期から低成長経済に移行している日本とは異なり、世界にはこれから生活水準が向上していく途上国や新興国も多い中、wishful thinking(希望的観測)はできません。しかし、省エネ努力によって問題を緩和できる余地が大きいことも確かでしょう。
デジタル技術をエネルギーの節約に
いずれにしても、IT化やデジタル化は、放っていても環境に優しくなるというものでもありません。これを地球温暖化対策と整合的なものにするには、意識的な努力が求められます。
その一つとして、他の活動でのエネルギー消費の抑制にデジタル技術を活用することが挙げられます。デジタルデータの処理に電力を使っても、それ以上に他で電力消費を抑制できれば、全体としては良いわけです。
例えば、地図アプリやGPSの普及により道に迷う車は大幅に減っているはずで、この面からエネルギー消費を減らしているでしょう。同様に、データの活用により物流が効率化され再配達などが減少すれば、やはりエネルギーの節約につながります。
また、交通インフラが物理的な混雑のピークロードに対応するには、大きなエネルギーを消費します。この点、リモートワークの活用などにより混雑を緩和できれば、ここからも省エネ効果が期待できます。一方で、デジタル化がマニュアル事務の効率化に結び付かず、手続きがオンラインと対面の両方で行われれば、むしろ、全体としてのエネルギー消費も増えてしまうでしょう。
デジタル技術をトレーサビリティ向上に
加えて、デジタル技術を積極的に地球温暖化防止のために使っていく視点も有益です。
地球温暖化防止や温室効果ガス削減の取り組みには、「エネルギーやモノの流れをトレースする」、「これまで区別されていなかったものを区別する」といった、レベルの上がった「トレーサビリティ」が求められます。例えば、電力については、再生可能エネルギーから作られる「グリーン電力」と「そうでない電力」という区分が登場します。さらに、水素についても、「グリーン水素」(製造段階からCO2を出さない)、「グレー水素」(製造段階ではCO2を排出する)、「ブルー水素」(産出するCO2を回収しながら作る)といった区分が行われます(第26回参照)。このようなトレーサビリティの向上に、ブロックチェーンや分散型台帳などの技術が貢献することが期待されています。
例えば、地球温暖化を防止する投資のための資金調達にブロックチェーン技術を応用し、資金の使途を限定するなどの取り組みが始められています。また、余剰電力を融通し合う電力取引や排出権取引にブロックチェーンなどの分散型技術を活用し、取引を効率化することも検討されています。排出権取引を行うためにエネルギーを大量に使うのでは意味がないからです。さらに、食品のトレーサビリティ確保にデジタル技術を活用し、フードロスを減らす取り組みなども、地球環境の維持に貢献を果たし得ると考えられます。
このように、ITやデジタル化が地球温暖化防止と整合的かどうかは、結局、ITやデジタル技術の使い方次第と言えます。重要なのは、既存の紙ベースの事務などをきちんとスクラップしながら進めるとともに、デジタル技術そのものを地球温暖化対応に役立てていくことでしょう。
連載第32回「スウェーデンのe-Krona」(4月21日掲載予定)