デジタル技術の中でも期待を集めているブロックチェーンや分散型台帳技術が、最初に応用されたのが暗号資産だったことには理由があります。「分散型の仕組みの下で権利の連続」として、まず思いつきやすいのは「お金」です。銀行券は、特定の帳簿の管理に依存せずに、「紙」の受け渡しによって「複製」や「二重譲渡」を防ぎながら「権利の連続」を実現する仕組みと捉えることもできます。したがって、同様の仕組みをブロックチェーンで実現できないかと考えるのは自然でしょう。
しかし、ブロックチェーンや分散型台帳技術の潜在的な応用範囲は暗号資産に限られず、最近ではさまざまな取り組みが行われるようになっています。この中でも注目を集めているのが、米国のプロバスケットボールリーグ、NBAのブロックチェーン活用の取り組みです。
なぜNBAがブロックチェーン?
ブロックチェーンや分散型台帳には、いくつかのメリットがあります。特定のコンピュータの稼動時間に制約されず、仮に一部のコンピュータが止まったとしても、1年365日、1日24時間動き続けるシステムを作ることが可能となります。また、デジタル技術を通じて「複製」や「二重譲渡」を防ぐことが可能です。したがって、マネーに限らず、証券や不動産、絵画や宝石など、広範なモノやサービスの取引や管理への活用が可能と考えられるわけです。
とりわけ最近、この中で、スポーツや音楽、ゲームなどのエンターテインメント分野でブロックチェーンを応用する動きが見られています。これらのコンテンツも、「複製や二重譲渡を防ぎたい」、「1年365日、1日24時間取引を可能にしたい」といったニーズは同じだからです。
NBAが開始した“Top Shot”は、まさにその一例です。NBAはもともと、入場料や放映権収入だけでなく、さまざまなライセンスプロダクトの販売など、多方面からの収入獲得に努めてきました。その中でも有名なものの一つに、選手の「トレーディングカード」があり、有名選手の希少なカードは相当な高値で取引されます。このため、銀行券が暗号資産という発想に結び付いたのと同様に、トレーディングカードに相当するデジタルコンテンツを作り、ブロックチェーンで管理できないかという発想が出てくるわけです。
NBAの“Top Shot”
2020年6月に提供が開始されたNBAの“Top Shot”は、NBA選手の華麗なプレー動画のコンテンツをデジタル化し、「デジタルカード」としてブロックチェーン上で売買できるようにしたものです。米国のブロックチェーンゲーム会社であるDapper Lab社がプラットフォームを提供しています。
現金同様、この手のコンテンツの課題は、「海賊版」などの複製の問題です。コンテンツに対価が支払われる大きな要因の一つは、その「希少性」、「複製不能性」にあるからです。この点、Top Shotではブロックチェーン技術を活用し複製を防止することで、コンテンツ毎に「50部限定」などの管理ができます。このため、同じモノを持つ人が少ないほど希少性が生じ、高い価格が付きやすくなります。この点は、美術の「リトグラフ」が最初に刷数を限定することで希少性を創り出すのと似ています。
コンテンツを収集したい人は、最初の売り出しの段階で入手するか、あるいは後日流通市場で購入することになります。この発行市場と流通市場のインフラは、ともにブロックチェーンを基に作られており、参加者は個々のコンテンツがどのように流通しているかをトレースすることができ、海賊版の横行を防ぐことができます。このように、マネーインフラに求められる「偽造・複製や二重譲渡の防止」という機能が、そのままNBAのコンテンツにも応用されているわけです。
ハイテク導入に熱心なNBA
NBAはもともと、ハイテク導入に熱心なリーグです。NBAは昨年のコロナ禍の中、選手や関係者のPCR検査を徹底し、また無観客を貫きながらNBAファイナルまで実現しました。その一方で、デジタル技術によって遠隔から観客の顔をコートに表示する”#Whole New Game”など、ゲームと観客の一体感を醸し出すためのさまざまな取り組みを行ってきました。
また、例えばダラスのチームであるマーヴェリックスの名物オーナであるマーク=キューバン氏は、バスケ好きが高じてバスケットボール中継のインターネット配信システムを作り、これを売却して得た富でマーヴェリックスを買い、2011年にはリーグ王者を勝ち取りました。
米国の「フォーブス」誌はこの2月、2021年版として、世界のブロックチェーン分野の有力企業50社のリストである「ブロックチェーン50」を公開しました。この中には、米国のマイクロソフト、ビザ、ペイパル、JPモルガンチェース、中国のアント・グループ、テンセント、バイドゥ、平安保険など、「お馴染み」の顔ぶれが多いのですが、この中で唯一のスポーツ団体として挙げられているのがNBAです。ちなみに、日本の企業や団体はリストに挙げられていません。
ブロックチェーンの技術的な評価は別として、デジタル技術を導入して顧客の効用を高めようとするNBAの取り組みは、日本においても、スポーツにとどまらない広範な産業において、学ぶべき点が多いように感じます。
連載第28回「デジタルとアート、エンターテインメント」(3月24日掲載予定)