デジタル技術、とりわけビッグデータやAI(人工知能)、スマートコントラクト(契約の自動化)が大きな変革をもたらし得る分野として「保険」が挙げられます。これは、保険がデータベースに基づく「大数の法則」(より多くのサンプルを集めるほど理論値に近づくという法則)を通じて、人間が生きていく上で避けがたい不確実性に対処しているからです。
保険の本質的な問題
人間が生きていく上で「不確実性」は避けられません。そもそも、人間は自分がいつまで生きるのかもわかりませんし、災害の発生も完全には予測できません。もちろん、未来の出来事を全て予見できてしまうと、生きる喜びや潤いもなくなってしまうでしょうから、不確実性はこの世界と不可分とも言えます。したがって、不確実性を無くすのではなく、力を合わせて不確実性を乗り越えていくことが求められます。
そのために重要な手段となってきたのが「保険」です。自分の家が将来火災に見舞われるかどうかはわからなくても、家のサンプルを百万軒集めれば、そのうち年間何軒くらいが火災に見舞われるか、ある程度正確に予測できるようになります。そこで、これらの家から予め保険料を集めておき、これを原資に火災に見舞われた家の損害を補填する保険のスキームが機能し得るわけです。
しかし、保険は本質的な課題も抱えています。
一つ目は「逆選択」です。これは、保険が事前に想定していた母集団の属性が、保険の存在そのものによって事後的に変わってしまうという問題です。例えば、標準的な人々を想定して医療保険を提供したところ、健康な人々は保険に入らず、病弱な人々がこぞって保険に入るといった場合が考えられます。
もう一つは「モラルハザード」です。これは、保険が事前に想定していた行動が、保険の存在そのものによって事後的に変わってしまうという問題です。例えば、標準的な人々を想定して盗難保険を提供したところ、保険に加入した人々は加入前よりも盗難防止に気を配らなくなるといった場合が考えられます。
これらの問題は長い間、「保険の根源的な問題であり、解決は難しい」と捉えられてきました。しかし、デジタル技術の発達により、これらの問題に対処できる可能性が生まれています。
ビッグデータ、AI、スマートコントラクト
まず、ビッグデータを集め、AIなども用いながら詳細に分析することで、従来よりも詳細な属性を明確にした母集団を構成できるかもしれません。医療保険であれば、保険契約者のデータを集めて詳細に分析すれば、その人がどういう病気にどの程度かかりやすいのか、また、健康維持にどの程度気を配る性格かなどを分析し、これを保険の設計や保険料に反映させられる可能性が広がっています。これにより、逆選択の問題に対応できる余地も大きくなります。
また、ウェアラブル端末やスマートコントラクトなどの技術を用いて、健康管理や運転態度などのデータを集めながら、きちんと運動をすれば医療保険料を安くするとか、安全運転に努めれば自動車保険料を割り引くなどの仕組みを導入すれば、モラルハザードの問題にある程度対処できるでしょう。このような仕組みは、単に「損失の分担」にとどまらず、損失発生の確率を下げるとともに損失を小さくするインセンティブを人々に与え、経済厚生(社会全体の経済的満足度)を高める効果につながります。
このように、新しい技術は、民間が自律的に提供する保険を通じて、人々が不確実性に対処できる可能性を広げるものといえます。
デジタル化と保険の新しい課題
一方で、デジタル技術革新は保険を巡る新しい問題も生んでいます。一例を挙げてみましょう。
デジタル技術革新は「自動運転」を技術的には可能にしています。では、自動運転車の保険は誰が提供すべきでしょうか。理論的に考えれば、自動運転車の事故を減らせるのは人間の運転者ではなく自動運転の開発者でしょうから、インセンティブの観点からは、自動運転車の供給主体が保険も提供すれば良いとの主張もあり得るでしょう。さらには、事故の発生確率に人間の運転者が関与できる余地は殆どないのだから、事故による損失は第一義的に自動運転車の供給主体が負うこととし、その分はあらかじめ価格に上乗せすべきといった、「無過失責任」に近い議論も出てくるかもしれません。
このことは、多くの派生的な論点に結び付きます。例えば、自動運転の保険は、自動運転車に乗っている人が敢えて手動で運転してもカバーすべきか、といった論点が考えられます。「自動運転車による事故の損失は第一義的に供給者が負担し、その分はあらかじめ価格に上乗せする」といったスキームは、運転者が事故の確率をある程度左右するようになる手動運転の下では、最適ではなくなるからです。
デジタル化の果実を活かすには
より深刻な問題として、ビッグデータやAIによる分析を通じて保険をどんどんカスタマイズしていくと、保険のセーフティネットでカバーされない人々が出てくるのではないかという懸念が挙げられます。例えば、生まれつき病弱な人は医療保険に入りにくくなるのではないかといった問題です。
人間が自分のDNAを自分で選べない以上、そうした問題が生じることは適当ではないでしょう。仮にそうなれば、ユヴァル・ノア・ハラリの ベストセラー『ホモデウス』が描いたように、富裕層は自らの身体改造を試みるかもしれませんし、各人が短期的に自らの利益を最大にするような画一的な改造に乗り出せば、人類が集団として生存していく上で重要な「多様性」の喪失にもつながりかねません。
デジタル技術革新は本質的に保険の可能性を高めるものです。すなわち、民間がデータやデジタル技術を駆使しながら自律的に供給する保険が、人々に損失を小さくするよう努めるインセンティブを与えながら、不確実性の克服に貢献していくことが期待できます。
同時に、デジタル技術革新の果実を得るためには、前述の自動運転の問題のようなデジタル化がインセンティブ構造などに及ぼす影響に加え、人間の尊厳や多様性の意義などを踏まえた、公的保険の守備範囲や民間との役割分担についての再考が求められます。このことは、「民間でどうしてもできないこととは何か」、「強制保険はいかなる時に必要か」といった視点から、公共部門の役割を見直す上でも有益でしょう。
連載第17回「デジタル化と新しい証券市場」(1月6日掲載予定)