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ポストコロナのIT・未来予想図

ヒューモニー特別連載3

第66回 2021年のデジタルエコノミーを振り返る

2021年12月22日 掲載

筆者 山岡浩巳(やまおか・ひろみ)  

2021年の世界経済を、デジタル化との関係という視点から元日銀局長の山岡浩巳氏が振り返る。

 2021年は新型コロナウイルスが引き続き猛威を振るった年でした。この中にあって、デジタル化の側面から、世界経済における特徴的な動きを振り返りたいと思います。

新型コロナウイルス新規感染者数<7日間移動平均>、単位:千人資料:ジョンズホプキンス大学

とはいえ、デジタル化の経済への影響は多岐にわたります。とりわけ、リモート会議やフレックスタイム制など労働慣行や勤務体制の変化、紙を前提とする実務の見直しなど、ミクロの影響は数多く指摘することができます。しかし、これらを網羅的に取り上げることは困難ですし、他でも数多くの解説がありますので、本稿ではマクロの視点から振り返ってみたいと思います。

世界経済の回復傾向

まず、マクロ経済の面から特筆すべきは、新型コロナウイルスがなお猛威を振るう中でも、世界経済は総じてみれば回復を実現してきたということです。国際通貨基金(IMF)によれば、2020年の世界経済は3.1%のマイナス成長となったのに対し、2021年の世界経済は5.9%のプラス成長となる見通しです。

IMF世界経済見通し(202110月公表)資料:IMF

これには前年比による計算上の寄与もあります。2020年のように経済が大きく落ち込んだ年の翌年に経済活動が同じ水準に戻るだけでも、前年比は計算上、前年のマイナス幅をやや上回るプラスとなるはずです。しかし、IMFを含め、主要国際機関の集計や分析によれば、2021年中、新型コロナウイルス前の2019年の経済活動水準を上回る水準まで経済の回復を実現した国も少なくありません。もちろん、個別にはなお大変な状況に置かれている分野や企業も多い訳ですが、それでも2021年中、新型コロナウイルス感染症という制約の中で、各国が経済活動水準を何とか建て直せたことは特筆すべきでしょう。

この背景としては、デジタル技術の貢献もあって過去にないスピードで有効性の高いワクチンが開発されたことや、各国で多額の財政支出が行われたことなどが指摘できます。しかし同時に、サービス関連分野の消費がなお制約を受ける中にあって、デジタル関連投資の増加が成長率に寄与したこと、さらにはデジタル関連企業の収益好調や株価の上昇など、デジタル化が2021年の経済回復を後押しした証左は数多くみられます。

経済的パワー集中への警戒

一方で、デジタルエコノミーの拡大が一段と進むもとで、各国の政策アジェンダにおいて、データを集積する一部巨大企業、いわゆる「ビッグテック」のパワーへの警戒感もさらに強まっているように思われます。

新型コロナウイルス感染症には、対面を前提とする経済活動により多くの影響を及ぼす面がある一方、相対的にデジタルエコノミーのプレゼンスを高める面があります。例えば、買い物やコンサートに行くことが制約されると、ネットショッピングや動画配信の利用が増えるなどです。

こうした中、中国では国内ビッグテック、とりわけアリババとテンセントに対し、独禁法や金融規制などを通じた牽制が強まっており、中国ビッグテックの株価はむしろ下落傾向を辿りました。また米国でも、ビッグテック企業の収益自体は総じて好調に推移する中、本年、バイデン大統領が市場競争を促進する大統領令を発出したり、独占禁止政策を担う連邦取引委員会(FTC)の委員長にかねてからビッグテックの規制強化を訴えてきた学者(カーン氏)が就任するなど、監視強化の動きが目立ちました。国際的にみても、G20G7では、“Base erosion and profit shifting (BEPS:税源浸食と利益移転)”など、デジタルエコノミーの拡大に伴う課税の問題が取り上げられました。

デジタル化とインフレ

また、2021年、マクロ経済の視点からとりわけ興味深かったのは、デジタル化の進行する中、世界的に物価の上昇傾向が目立ったことです。

出所:日本銀行、Haver、総務省

この背景としては、一時的な供給制約などの要因も指摘されていますが、価格上昇が個別の品目にとどまらず、石油や銅などの資源価格や、小麦、牛肉など一次産品の価格が揃って世界的に上昇していることからみて、やはり、感染症対策としての大規模な財政出動が各国で行われたもとで、2020年以降抑制されていた民間需要の回復が重なったことが、原因として指摘できます。

出所:日本銀行

かつては、「デジタル化が進む中では物価は上がらない」といった主張も聞かれました。例えば、デジタル化に伴う省力化が賃金の抑制につながるとの見方がありました。また、PCやスマートフォンなどのデジタル関連財は、技術革新を勘案した「品質調整」により、性能の向上が統計上は大幅な価格下落として表れやすく、これも物価上昇を抑える方向に働くとの見解も聞かれました。

消費者物価とパソコン・携帯電話(前年比、%)出所:総務省

もちろん、これらのデジタル化要因が物価上昇を抑制する方向に働く可能性は否定できません。しかし、全体としてのマクロの物価上昇を抑制できるほどのドミナントな要因になるとは考えにくいですし、2021年の経験はまさにこのことを裏付けているように思います。

デジタル化とマクロ経済

このような2021年の世界経済の経験は、デジタル化とマクロ経済の関係について、以下のような示唆を与えています。

まず、デジタル化はマクロ経済にもプラスだということです。デジタル化は時に、「デジタル難民」や「デジタルディバイド」、「競争激化」などネガティブなイメージを伴うこともあります。しかし、新型コロナウイルス感染症の影響が続く中、比較的迅速に世界経済の回復が実現された背景には、やはりデジタル化の後押しがあったことは否めないように思います。もちろん、デジタル化には、それに伴う問題(例えば、データ独占に伴う問題や課税の問題)があります。これらについては、別途手当てしていく必要があるでしょう。

一方で、デジタル化は、マクロ経済の負担を軽くするものではないということです。前述のように、2021年の経験は、デジタル化のもとでも、物価の上昇が時にかなり急ピッチで起こり得ることを示しています。デジタル化が自動的にインフレも抑制してくれるわけではなさそうです。

当たり前のことではありますが、デジタル化を推進しつつ、同時にマクロ政策対応もしっかり行う国が、DX(デジタルトランスフォーメーション)の時代に世界経済をリードしていくように思います。

 

連載第67回「2022年、デジタル化の課題」(112日掲載予定)

■ヒューモニー特別連載3 ポストコロナのIT・未来予想図

写真/ 山岡浩巳
レイアウト/本間デザイン事務所

筆者

山岡浩巳(やまおか・ひろみ)

フューチャー株式会社取締役
フューチャー経済・金融研究所長

1986年東京大学法学部卒。1990年カリフォルニア大学バークレー校法律学大学院卒(LL.M)。米国ニューヨーク州弁護士。
国際通貨基金日本理事代理(2007年)、バーゼル銀行監督委員会委員(2012年)、日本銀行金融市場局長(2013年)、同・決済機構局長(2015年)などを経て現職。この間、国際決済銀行・市場委員会委員、同・決済市場インフラ委員会委員、東京都・国際金融都市東京のあり方懇談会委員、同「Society5.0」社会実装モデルのあり方検討会委員などを歴任。主要著書は「国際金融都市・東京」(小池百合子氏らと共著)、「情報技術革新・データ革命と中央銀行デジタル通貨」(柳川範之氏と共著)、「金融の未来」、「デジタル化する世界と金融」(中曽宏氏らと共著)など。