現在、多くの国々が中央銀行デジタル通貨の調査研究を進めており、中国のように国内で広範な実験を進めている国もあります(第6回、第48回参照)。もっとも、発行に向けては数多くの論点があり、公式に発行しているのはバハマのみという状況でした(第21回参照)。(東カリブ中央銀行は、現段階では加盟国の半分程度が試験的に発行している段階です。また、中央銀行デジタル通貨類似のスキーム“Bakong”を導入しているカンボジア(第24回参照)は、当局者がこれは中央銀行デジタル通貨ではないと説明しています。) この中で本年(2021年)10月、アフリカの大国ナイジェリアが、中央銀行デジタル通貨”eNaira”の公式発行を宣言しました。「当局が公式発行を表明している」という厳密な意味では、世界で2番目の中央銀行デジタル通貨発行国となったわけです。
バハマは人口約40万人の小国であり、通貨(バハマ・ドル)はドルペッグ、さらにハリケーンに襲われやすい島国であり国内の現金流通が制約を受けやすいという事情も抱えていました。(東カリブ中央銀行の加盟国にも類似の事情があります。)これに対し、ナイジェリアは人口2億人を超え、独自通貨「ナイラ」も有しているという違いがあります。
ナイジェリアの”eNaira”
2021年10月21日、ナイジェリア中央銀行は、中央銀行デジタル通貨”eNaira”の発行を開始しました。このeNairaは、国の通貨“Naira”と常に一対一で交換できるNaira同様の法定通貨とされ、そのスローガンとして、“Same Naira, More Possibilities”(同じナイラ、より大きな可能性)が掲げられています。 ナイジェリア中央銀行はeNaira発行の目的として、デジタルエコノミーの振興、地方や銀行口座を持たない人々の金融サービスへのアクセス拡大などを挙げています。
ナイジェリアではデジタル決済手段の利用が増えているものの、その一方で現金の残高も年平均7%のペースで増加を続けています。ナイジェリア中央銀行は既に2012年に、キャッシュレス化推進の方針を公表しており、eNairaの発行についても、これにより現金の取り扱いにかかるコストを引き下げたいとの意向を表明しています。さらにナイジェリア中央銀行は、出稼ぎなどに伴う海外からの送金コストを安くしたいとも述べています。
ナイジェリアの現金残高
単位:兆ナイラ出典:ナイジェリア中央銀行
eNairaの特徴
では、eNairaの特徴を見ていきましょう。
まず技術面では、eNairaは分散台帳技術(DLT)としてハイパーレッジャー・ファブリック(Hyperledger Fabric)を採用しています。
eNairaには金利はつきません。これは、既に発行されているバハマのSand Dollarや、試験発行中の中国のデジタル人民元と同じです。
eNairaは、免許を受けた金融機関(licensed FIs)を通じて間接的に発行されます。このような「間接方式」の採用も、既に発行、ないし試験発行中の他の中央銀行デジタル通貨と共通しています。これらの金融機関は、将来的には自ら開発したアプリを通じてeNairaを提供することも想定されていますが、当面はナイジェリア中央銀行が開発したアプリである”eNaira speed wallet”が使われます。
eNairaの口座は以下の5種類があり、利用者が個人か法人か、また、利用者のIDとの紐付けの度合いなどに応じて、利用できる金額などに制約が設けられています。
まず、銀行口座を持たず、ナイジェリアの国民識別番号(National Identification Number, NIN)も持たない人が、電話番号と紐付けることで開設できる口座が「ティア0口座」です。国際通貨基金(IMF)によれば、ナイジェリアでは成人の約36%が銀行口座を持っていない中、eNairaがこうした人々への金融サービスの普及を進めることが期待されているわけです。ティア0口座は、一日の取引金額が20,000ナイラ(約5,600円)以内、残高が120,000ナイラ(約33,600円)以内と、かなり少額に抑えられています。
次に、銀行口座は持っていないが国民識別番号は持っている人が、電話番号および自らの国民識別番号と紐づけることで開設できる口座が「ティア1口座」です。これは、一日の取引金額が50,000ナイラ(約14,000円)以内、残高が300,000ナイラ(約84,000円)以内とされています。
また、銀行口座を持ち、銀行識別番号(Bank Verification Number, BVN)を持っている人が、銀行口座と紐付けることで開設できる口座が「ティア2口座」です。これは、一日の取引金額が200,000ナイラ(約56,000円)以内、残高が500,000ナイラ(約140,000円)以内とされています。ナイジェリアでは2014年から銀行口座を銀行識別番号に結び付けることが求められており、これを本人確認に利用するものです。
さらに、定期的な支払いを行う人々向けの口座として「ティア3口座」があります。これも銀行口座との紐付けが求められ、一日の取引金額は1,000,000ナイラ(約280,000円)以内、残高が5,000,000ナイラ(約1,400,000円)以内とされています。
さらに、法人向けの口座として「ティア4口座」があります。これには税識別番号(Tax Identification Number, TIN)との紐付けが必要とされ、規制で要請されたKYC(顧客確認)やマネーローンダリング対応が求められます。
このように、利用者の紐付けとの強度に応じて利用できる金額に差を設けるやり方も、バハマのSand Dollarや中国で実験中のデジタル人民元(e-CNY)と同様です。これにより、預金からeNairaへの資金流出を抑えたいとの意図も表明されています。
eNairaへの注目
このようにeNairaは、既に発行ないし試験発行されている他の中央銀行デジタル通貨と共通する特徴を持っています。すなわち、①現金と同じく金利はつかないこと、②銀行などを通じて間接的に発行されること、③IDとの紐付けの度合いなどに応じて利用額に制限が設けられていること、です。
中央銀行デジタル通貨は、スウェーデンや英国などの先進国で、まずその可能性が注目されました。しかし、現実の発行に踏み切る国々は、中米カリブ海諸国やアフリカなど、むしろ途上国や新興国にみられています。これは、銀行口座を持たない人々に金融サービスを普及させる「金融包摂」や、デジタル化を通じた経済のキャッチアップ、出稼ぎ労働者などによる海外送金のコスト引き下げなど、先進国よりもむしろ途上国や新興国で切実な問題が、中央銀行デジタル通貨への期待に結び付きやすい面があるためと言えます。
なお、ナイジェリア中央銀行は、中央銀行デジタル通貨の発行が銀行の預金を侵食し、資金仲介に影響を及ぼすリスクなどを認識し、今後このようなリスクが顕在化することがないか注意深く見ていくとも表明しています。eNairaは、報道によれば必ずしも肯定的な評価ばかりではないようですが、2億人以上の人口と独自の通貨を持つナイジェリアのeNairaが今後どの程度実際に使われていくのか、また、国内の銀行システムなどにどのような影響を及ぼすのか、注目を集めています。
連載第66回「2021年のデジタルエコノミーを振り返る」(12月22日掲載予定)