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ニューノーマル時代の大学

ヒューモニー特別連載2

第7回 欧米の大学で今何が起こっているのか?

2020年08月21日 掲載

筆者 渡邊隆彦(わたなべ・たかひこ)  

はたしてコロナ禍の大学のリモート授業においても日本はガラパゴスなのか? 米英の大学人に渡邊隆彦准教授が現地のリアルな実情を訊く。

「学費を返せ!」

コロナ禍によりキャンパスが閉鎖され、リモート授業に移行したのは日本だけではありません。アメリカでは学費返還を求める集団訴訟が激増しているといいます。対面授業からリモート授業への切り替えに際してどのような問題が起こったのか、そして学生は何に不満を感じているのか――今回は、アメリカとイギリスの実情を、ニューヨーク大学の小出昌平氏、ロンドン大学の成田かりん氏に伺い、浮き彫りになった日本の大学の課題を相対的に捉えなおしてみたいと思います。

小出昌平:ニューヨーク大学医学部生物化学分子薬理学科教授。パールムターがんセンターのコアメンバーでもある。

成田かりん:ロンドン大学クイーン・メリー校政治学博士後期課程・指導助手。

*   *   *

渡辺 日本の大学は、5月の連休前後からリモート授業で春学期が始まり、夏休みに入った今も基本的にロックダウン状態を継続しています。企業はテレワークを併用していますが満員電車が復活し、小中高も再開し、おまけにGoToキャンペーンで国内旅行が「奨励」されているにもかかわらず、大学だけが門を閉ざしている状況です。大学は大人数での講義が多く、また大学生は行動範囲が広い――クラスター発生リスクが高いということでそのような判断となっているのですが、アメリカやイギリスの大学はどういった状況なのでしょうか?

小出 最初におことわりしておかなければなりませんが、アメリカでは州によって対応が相当異なりますので、私がお話しできるのはニューヨーク州の大学についてだけです。

成田 イギリスも同様で、イングランド、スコットランド、ウェールズ、北アイルランドで対応が違っています。私は、イングランドの大学のことをお話しします。

小出 ご存じの通り、ニューヨーク州では3月の頭に感染爆発が起こりました。その時から、大学はすべてオンラインになりました。ただ、アメリカの場合、夏休みが長くて、春学期が6月頭に終わると9月の第2週までずっと休みが続きます。もともとそういうスケジュールですので オンラインのままなんとなく春学期が終わってしまいました。現在は、「さて9月からはどうしようか」と検討されているところです。ただし、現在も学部は閉鎖されていますが、私が所属する医学生物学系大学院の研究室に関しては徐々に解除されて、6月上旬ぐらいからは実際に研究室に行って仕事ができるようになりました。

 

渡辺 小中高はどういう状況ですか?

小出 春学期についてはニューヨーク州の小中高は大学同様全面的に閉まりました。今後については、ニューヨーク州知事のクオモさんが、「感染率が1%以下なので夏休み明けの9月には再開する」と発言し、その方向で進んでいるようです。

渡辺 イングランドはどうでしょう?

成田 イギリス政府がロックダウンを行ったのは3月末だったのですが、大学の対応は早くて、3月上旬にはもうオンライン授業に踏み切りました。準備期間がなかったので、学期末までの3週間はエマージェンシーオンラインとして、「できる限りのことをやろう」という形でのオンライン授業でした。

 

小中高については、春休み明けから6月半ばまでは完全なオンライン授業でしたが、その後は月水金は1・2・3年生、火木は4・5・6年生が登校するといったやり方で徐々に再開し、9月から小中高はすべて開けるという方向に向かっているようです。それに対して、大学は9月からの秋学期もオンライン授業を続けるというところが多いようです。理系の研究室などは少しずつ大学に戻ってこられるようになっているようですが、文系の学部生の授業は秋からもオンラインですね。

渡辺 ということは、ニューヨーク州やイングランドも日本と似たような感じで、小中高は再開の方向、大学はオンライン授業を継続するという方向なんですね。では、実際にオンライン授業をやってみて、ハード面のトラブルが発生したかどうかを伺いたいと思います。というのも、日本では大学・学生側ともに通信環境(WiFi等)が貧弱なケースもあり、通信トラブルが多発したんです。また、学生はスマホはあるけれどもパソコンを持っていない者もいて、また半数程度はプリンターを持っていない状況だったので、とくにリモート授業スタート直後はいろいろと混乱しました。

小出 もともとインターネットはアメリカの軍事関係の機関が大学との共同研究のために作ったという経緯もあり、大学はインターネットの拠点として機能してきましたので、構内の回線自体に問題が生じるということはなかったですね。

1st Avenueから見たNYU医学部のキャンパス。©︎S.Koide

アメリカの大学の多くは、1年生はドミトリー(学生寮)に住んで共同生活を送ることになっているのですが、このドミトリーも通信環境は整っています。facebookもドミトリーから始まっているわけですし、かつてはインターネットハッカーの所在を探るとたいていどこかの大学のドミトリーに行きついたという話もあるぐらいですから。ところが、感染拡大を防ぐためにドミトリーの人口密度が問題になったんです。ベッドルームが共有だったりしますから、ひとりでも感染したらあっという間に広がってしまう。そこで、オンライン授業が始まると同時に、実家に帰れる学生は帰ってくださいということになりました。で、実家に帰った学生がインターネットが遅くて困っているという話は聞きました。

私の周囲の科学系の大学院生や学部生に限って言えば、パソコンに関しては、持っていない学生を見たことはありませんが、プリンターを持ってない人はやっぱり多いと思います。大学にプリントセンターがありますから、プリントが必要ならそこでやるというスタイルです。大学が入構禁止になったのでプリントセンターも使えなくなったわけですが…どうなんだろ、学生はそれで困ったのかな?

渡辺 プリンター問題は、印刷した資料が学生の手元にあることを前提に授業をする教員が多い日本固有の問題かもしれませんね。成田さん、イングランドでは大学側・学生側それぞれの情報通信環境の整い具合はいかがでしたか?

成田 イングランドの大学も通信環境はしっかりしています。ビフォーコロナでは、インターネットを使うために授業がなくてもキャンパスに来る学生がいたほどです。そういった面で、大学が封鎖されて困っている学生は多いと思います。また、コロナで判明したのですが、パソコンを持っておらず、大学のPCラボで論文を書いていた学生が少なからずいた。今は仕方がないのでスマホで論文を書いている学生もいます。…というように、やはり学生には負担がかかっている状態です。

ロンドン大学クイーン・メリー校クイーンズ校舎。

渡辺 ニューヨークもイングランドも大学の通信インフラは整っていたんですね。日本の場合は、そこが弱かったこともあり、ビフォーコロナにオンライン授業をやっていた大学はごく少数だったと思います。ニューヨークやイングランドでは、以前からオンライン授業をやっていた、あるいは進めていたのでしょうか?

小出 10年ほど前でしょうか、MOOC(Massive Open Online Course=大規模公開オンライン講義)が流行って、MIT(マサチューセッツ工科大学)などががんばって広げようとしていたんですけど、結局採算が取れないということで下火になってしまいました。ですので、私を含めてオンライン授業をやるのは今回が初めてという教員がほとんどだったと思います。ただ、研究者同士のパワーポイントのプレゼンを含めたリモート会議を以前から当たり前のようにやっていましたので、いきなりオンライン授業を始めることになってもひどく困った教授はいなかったと思いますよ。

成田 イングランドでは、以前からオンライン授業「distance learning」というのに力を入れてきました。たとえばひとつのやり方として、 対面の講義を録画してそれを大学のウェブサイトで配信していました。「講義に出席しなくても家で見られるからいいや」という学生もそれなりにいたんですよ。

渡辺 イングランドは進んでいたんですね。ただ、今伺った例だと、対面授業の録画バージョンをオンラインで視聴できるという形です。純粋なオンライン授業となった時に授業の質はどうだったのでしょうか?

日本ではリモート授業は、「オンデマンド型(収録した授業ビデオをオンデマンドで配信)」と「ライブ中継型(ZOOMなどを利用してリアルタイムで配信)」に大別できます。さらに加えるならば、授業のサイトにいくとpdfファイルなどが置いてあって、「これを読んでレポートを書きなさい」と一文書いてあるという「課題提示(教材配布)型」もあります。現在、どれが主流になっているかデータはないのですが、みなさんの大学ではどうですか?

小出 私が知っている範囲では、ほとんどが「ライブ中継型」ですね。授業ビデオを録画して、それをオンデマンドで視聴できるように保存するインフラがないというのも一因だと思いますが、そもそも授業に参加できないでひたすら聞くというのは学生にとって苦行・拷問ですよね。私の場合は10人とか20人の授業で、授業の途中で数人のグループに分けて議論してもらい、その後みんなで議論する時間を設けるなど、対面授業と同じインタラクティブな進行にしているので、「ライブ中継型」以外は考えられません。

渡辺 大学院レベルになると、インタラクティブでないと授業のバリュー(価値)がないということなのかもしれませんね。成田さんからは先ほどdistance learningという話が出ましたから、イングランドでは「オンデマンド型」もけっこうあるんでしょうか?

 

成田 そうですね。でも、多いのはライブ中継型だと思います。私がわかるのは文系の授業だけですが…もともとひとつの講座は、100~200人をレクチャーホールに集めて行う講義と、その後に行われる少人数(10数人)によるディスカッション主体のセミナーで構成されています。大人数講義のほうは「オンデマンド型」でできますが(実際にはライブ中継をすると同時に録画してオンデマンドでも配信)、セミナーは対面でのディスカッションが主な目的となるので「ライブ中継型」になります。3月にオンライン授業が始まった当初、母国に帰った留学生が時差の影響を受けずに受講できるようにと「オンデマンド型」を増やした時期があったのですが、学生の満足度は非常に低かったと聞いています。

渡辺 アメリカの「学費返還訴訟」が日本でも報道されています。学生は「対面と比べて質の低い授業なのだから、カネ返せ」と訴えているようにも受け取れるのですが、彼らの不満は具体的にどこにあるのでしょうか?

小出 成田さんが今話されたイングランドの大学と似ているのですが、アメリカでは普通一学期に3~4個の授業を取って、それぞれが週に2回講義、1回ディスカッション、そしてどっさりと宿題が出るというスタイルです。加えて大事なのが、「オフィスアワー」。たとえば月曜日の3時から5時というように時間を決めて、教授が「その時間は私のオフィスのドアは開いていますから、質問がある人はいつでも来ていいですよ」と言うんです。そういった繋がりは現状難しくなっていますよね。オンライン授業は、時間がくると、「はい、お仕舞い」みたいなところがありますから。

理科系に関して言うと、そういった繋がりは本当に大事です。学部1年生の時から、「先生の下で研究したいので研究室に入れてください。皿洗いでもなんでもやります」みたいなメールを教授に送り付けて、授業と関係ないところで一流の研究室で一流の機器を使って一流の大学院生と一緒に時間を過ごすんです。そして、その教授に推薦状を書いてもらって次のステップに進んでゆく。それがひとつのレシピになっているのですが、オンラインではそれがまったくなくなってしまう。「授業料半分返せ!」と学生が言いたくなる気持ちはよくわかります。

研究室の中、組み換えDNA実験中。窓の外はEast River。©︎S.Koide

成田 イングランドの場合、とくに文系は、アメリカや日本と比べると教員と学生の対面時間が少ないと思うんです。講義とセミナー以外は、「自分で文献を読んで考えなさい」と自発的な学びが重視されています。ですから、オンライン授業になっても個人で読むものは読まなければいけないし、考えることは考えなければならないし、書くものは書かなければなりません。その点は以前と変わらないので、オンライン授業に対する不満というよりは、たとえば図書館を利用できない(資料を閲覧できない)とか、PCラボを利用できないといったインフラへの不満が一番大きいと思います。

*   *   *

大学サイドの情報通信インフラは、日本の大学の平均的な現況と比べ、米(ニューヨーク)・英(イングランド)のほうがやはり整備されているようです。一方、学生サイドについては、情報通信インフラ(高速ネット回線やパソコン)を大学(含むドミトリー)の充実した設備に頼っていたため、自分の実家やアパートメントに待機せざるを得なくなった学生に負担がかかったという状況は、日米英で共通しています。リモート授業を継続するのであれば、「学生の情報通信インフラ整備」は国を問わず、すぐにでも解決しなければならない課題だと感じました。

また、「ライブ中継型」授業の満足度が高いのは日米英共通ですが、日本の学生にはけっこう人気がある「オンデマンド型」授業は、アメリカやイギリスではあまり支持されていないようです。このあたりには、授業を聞いてノートをとるだけの「受動的な学生」と、自ら積極的に発言しインタラクティブな授業進行を好む「能動的な学生」の比率における彼我の差が反映されているのかもしれません。

私がもっとも興味深く感じたのは、米英の学生たちが、リモート授業に対する不満よりも、図書館やPCラボの利用、オフィスアワーでの教授との触れ合い、研究室に入り浸って過ごす時間といった「授業以外の部分」が失われたことに対する不満を強く抱えている、という事実です。 前回、私は、「授業以外の大事なこと」=「リアルな経験パッケージ」と述べました(第6回参照)。国や文化によってその中身は多少異なるものの、アメリカやイギリスにおいても「授業以外の大事なこと」は、大学が学生に提供する機能のなかで重要な位置を占めているようです。

次回も引き続きお二人との鼎談で、「教員論」「学生論」「今後の大学像」などを掘り下げたいと思います。
(構成/鍋田吉郎)

*大学と一口に言っても、実験や実習が欠かせない工学系・医薬系や、実技が不可欠の体育系・芸術系、また人文科学系でもフィールドワークが必須の分野など、事情は様々です。本稿は、講義とゼミナールを主軸に置く人文科学系の教員から視たものとご理解ください(筆者より)。

*ここに記す内容は渡邊氏、小出氏、成田氏各個人の見解であり、それぞれの所属する組織としての見解を示すものではないことをご承知おきください(ヒューモニー編集部)。

連載第8回「欧米の大学で今何が起こっているのか?②」(8月28日掲載予定)

鍋田吉郎(ライター・漫画原作者)

なべた・よしお。1987年東京大学法学部卒。日本債券信用銀行入行。退行後、フリーランス・ライターとして雑誌への寄稿、単行本の執筆・構成編集、漫画原作に携わる。取材・執筆分野は、政治、経済、ビジネス、法律、社会問題からアウトドア、芸能、スポーツ、文化まで広範囲にわたる。地方創生のアドバイザー、奨学金財団の選考委員も務める。主な著書・漫画原作は『稲盛和夫「仕事は楽しく」』(小学館)、『コンデ・コマ』(小学館ヤングサンデー全17巻)、『現在官僚系もふ』(小学館ビックコミックスピリッツ全8巻)、『学習まんが 日本の歴史』(集英社)など。

■ヒューモニー特別連載2 ニューノーマル時代の大学

写真/ 小出昌平、成田かりん、渡邊隆彦、ヒューモニー
レイアウト/本間デザイン事務所

筆者

渡邊隆彦(わたなべ・たかひこ)

専修大学商学部 准教授

1986年東京大学工学部計数工学科卒、92年MIT経営大学院修了。三菱UFJ銀行(現)にてプロジェクトファイナンス、デリバティブ開発・トレーディング、金融制度改革、投資銀行戦略、シンジケートローン業務企画、IFRS移行プロジェクト等を担当後、三菱UFJフィナンシャル・グループ コンプライアンス統括部長、国際企画部部長を歴任。2013年4月より専修大学にて教鞭を執る。専門は国際金融、企業ガバナンス・コンプライアンス、金融規制・制度論、ファイナンス論、金融教育。国際通貨研究所客員研究員。