ニューノーマル時代の大学

ヒューモニー特別連載2

第3回 リモート授業――送り手側の試行錯誤

2020年07月24日 掲載

筆者 渡邊隆彦(わたなべ・たかひこ)  

新型コロナウイルス感染症により急遽始まることになったリモート授業。大学教員はそれにどう対応したのか? 渡邊隆彦准教授が綴る自身の体験談。

突然降ってわいたコロナ禍により、われわれははからずも壮大な社会実験に突入しました。企業でいえばテレワーク、そして大学においてはリモート授業です。では、リモート授業の実施に関し、大学教員サイドでどんな苦労があったのでしょうか? 私が実際に体験したことを綴りたいと思います。 「今年度の前期は、授業は対面では行わず、すべてリモートで実施する」

大学の方針が示達されたとき、まっさきに私の頭に浮かんだのは、「放送大学の授業」や「NHKの語学番組」でした。自分がつくる映像や音声のコンテンツは、放送大学やNHKのクオリティを意識しなければならないのか…。

しかし考えてみれば、手厚いサポートスタッフを擁し、最新機材を使ってカメラマンが専用スタジオで撮影する、NHKのような「映像授業の重機甲師団」に、私のような「自宅マンションの部屋に今から竹槍をそろえようとしている」一介の歩兵が太刀打ちできる訳がありません。

餅は餅屋、マンガは集英社。長年それ専門で飯を食ってきた人に、短期間で追いつくのは難しいでしょう。私は発想を転換し、週刊少年ジャンプのような「緻密に計算された娯楽雑誌」ではなく、コミケ(コミックマーケット)会場でホチキス留めで売られている「つくりは素朴だけれどファンに寄り添う同人誌」のようなリモート授業を目指すことにしました。

それでは私は具体的にどんな授業スタイルをとったのでしょうか。リモート授業は、オンデマンド再生型(YouTube型)と実況中継型の2つに大別されます。私は、少しでもライブ感を学生に伝えたいと思い(と同時に自分がライブで話すのが好きということもあり)、後者を選択しました。

実際の実況中継型授業は、リモート授業に伴う通信量(データ量)を極力小さくして世の中全体の情報通信回線を逼迫させないようにする「データダイエット」の観点から、画像としては講義資料の静止画像のみを流し、教員は音声だけ(姿は映さない)、という「音声中継プラス静止画」形式となりました。たとえて言えば、ローカルテレビ局で流れる地元温泉旅館の静止画CMのような感じです。

温泉旅館の静止画CMとはいえ、事前に想定できる範囲でさまざまな工夫をこらしました。たとえば、リアル対面授業で学生の手元に配布していた講義資料は、実況中継型授業では画面の中の静止画像になります。そこで、表現を簡潔にしたり、文字の大きさを見やすいサイズに拡大したりする等、かなりの修正を施しました。スマートフォンの小ぶりな画面で受信する学生にとっても、読みやすく、理解しやすい資料にするための手当てです。

また、授業中は、ゆったりと個々の学生に語りかけるようなトーンで、従来の対面授業よりもいっそう噛み砕いた説明をするよう心がけることにしました。こうした「温かみのある同人誌」路線は、学生からも好意的に受けとめられているように感じています。

じつは、このような事前準備の苦労はまだまだ序の口でした。ただ、ひとこと断っておきたいのですが、いきなりリモート授業に切り替わって一番苦労したのは学生たちであり、次に大変だったのは事務面やインフラ面での緊急対応を強いられた大学職員たちだということです。彼らに比べれば、われわれ大学教員の苦労は大きくないと思いますし、私個人は新しいことへのチャレンジが好きな性格なので、リモート授業においては苦労はあるものの、むしろ楽しみや刺激の方が多いくらいです。また、「学生に教えること」はわれわれ教員の仕事であり、教えることに関して教員が苦労するのは当たり前だと思います。

それを承知の上で、今回教員の苦労について述べる理由は、以下の3点にあります。

①大学教員にはまじめで繊細な人が多く、特にまじめな人ほど苦労を背負いこんで疲労困憊してしまうこと。

②日本においては、「学生ファースト」といった”誰も反対しない”方針について行き過ぎ・やり過ぎが生じ、周囲(ここでは大学教員と職員)にしわ寄せが生じやすいこと。

たとえば、コロナ以前から問題になっている小・中学校の現場の疲弊。「子どもたちのため」という”正義”によって小・中学校の教員の仕事が積み重なり、その負担は世界的に見ても過重になっています。手前味噌ですが、①や②を改善するためには、誰かが声を上げる必要があると思ったのです。

③リモート授業を一過性のものでなく、ウィズ・コロナ、アフター・コロナ時代のサステナブル(持続可能)な制度として定着させていくためには、「教員サイドの苦労や辛さ」を記録しておくことは、将来にわたって有意義であること。

というわけで、私の苦労話を続けさせていただきましょう。前述の通り、5月11日のリモート授業スタートに向けて私は試行錯誤しながらも着々と準備を進めていた…つもりだったのですが、そこへすでにリモート授業を始めた他大学の知り合いの先生方から恐ろしい話が飛び込んできました。「リモートボイコット事件」や「リモート学級崩壊」が起こったというのです。

・ある先生は、パソコンがうまく繋がらず、ウェブ上の教室に入るのが遅れたため、先に入室していた学生に「ホスト権限」を握られてしまった。先生は、その学生によって授業の途中で「強制退室」させられ、教室に戻れなかった。

・またある先生は、通信障害のため、授業の途中で中断する破目になった。何も音声が聞こえなくなった学生たちは、ミュートを解除してザワつき始め、先生が授業を再開しようとしたときには、悪乗りしてギターをかき鳴らす輩まで現れてしまい収拾がつかなかった。

これは、リモート学生テロではないか! 小心者の私は震え上がり、通信障害やパソコンのフリーズによって音声や画像が途切れ、授業が円滑に進まぬ隙に学生がイタズラを働くような事態を招かぬよう、あわてて竹槍の準備=通信環境の整備にとりかかりました。

第一に、通信障害の回避。私はWi-Fiルータを最新の速いものに買い替えようと思いました。念のためエンジニアの友人に相談したところ、「原理的には速くなるように見えるだろうが、マンションでは上下左右10軒くらいの家の無線が飛んできて混信しまくる。そもそもWi-Fiはスピードも出ないし、極端に遅くなったり切れたりするという問題を起こしやすい。Wi-Fiではなく、有線LANにすべし」との助言を得ました。なるほど、そうだったのですね。ということでLANケーブルを購入。出費649円。おかげで、今のところ通信障害は発生していません。が、長すぎるケーブルを買ってしまったので、部屋で足を引っかけて転びそうになっています。 熱暴走対策も取りました。長時間連続でリモート授業をやると、教員のノートパソコンが過熱して、電源が突然落ちたり画面がフリーズしたりすることがあるらしいのです。そこで、クーラーボックスなどで使う保冷剤(冷凍庫で凍らせて何度も使うタイプ)が家にあったので、これでノートパソコンを冷やしながらリモート授業に臨むこととしました。出費0円。(その後ネットで調べたところ、ノートパソコン専用の冷却パッドを使わずに私のように雑な方法で冷却すると、パソコンの温度が下がり過ぎて内部で結露が生じ、故障することがあるようです。良い子の皆さんは決してマネしないでくださいね。) さらに、テレビ討論で顔色が悪く映ったニクソンがケネディに世論調査での逆転を許し、大統領選での敗北につながったという、1960年米国大統領選挙のエピソードをなぜか思い出し、自分の顔を明るく照らすためのリングライトを購入しました。出費1,899円。自分のテンションを上げるための小道具だったわけですが、実際のリモート授業では「データダイエット」のため私の姿は映さないので、無駄な出費でした。 こうした万全の(?)準備もあり、恐れていた「リモート学生テロ」を発生させることなく、何とか無事にリモート授業をスタートできました。が、事前には予想していなかった辛い状況が私を待ち受けていたのです。その話は次回としましょう。
(構成/鍋田吉郎)

*大学と一口に言っても、実験や実習が欠かせない工学系・医薬系や、実技が不可欠の体育系・芸術系、また人文科学系でもフィールドワークが必須の分野など、事情は様々です。本稿は、講義とゼミナールを主軸に置く人文科学系の教員から視たものとご理解ください(筆者より)。

*ここに記す内容は渡邊隆彦准教授個人の見解であり、渡邊准教授の所属する組織としての見解を示すものではないことをご承知おきください(ヒューモニー編集部)。

連載第4回「リモート授業――やってみてわかった想定外の苦労」(7月31日掲載予定)

鍋田吉郎(ライター・漫画原作者)

なべた・よしお。1987年東京大学法学部卒。日本債券信用銀行入行。退行後、フリーランス・ライターとして雑誌への寄稿、単行本の執筆・構成編集、漫画原作に携わる。取材・執筆分野は、政治、経済、ビジネス、法律、社会問題からアウトドア、芸能、スポーツ、文化まで広範囲にわたる。地方創生のアドバイザー、奨学金財団の選考委員も務める。主な著書・漫画原作は『稲盛和夫「仕事は楽しく」』(小学館)、『コンデ・コマ』(小学館ヤングサンデー全17巻)、『現在官僚系もふ』(小学館ビックコミックスピリッツ全8巻)、『学習まんが 日本の歴史』(集英社)など。

■ヒューモニー特別連載2 ニューノーマル時代の大学

写真/ 渡邊隆彦
レイアウト/本間デザイン事務所

筆者

渡邊隆彦(わたなべ・たかひこ)

専修大学商学部 准教授

1986年東京大学工学部計数工学科卒、92年MIT経営大学院修了。三菱UFJ銀行(現)にてプロジェクトファイナンス、デリバティブ開発・トレーディング、金融制度改革、投資銀行戦略、シンジケートローン業務企画、IFRS移行プロジェクト等を担当後、三菱UFJフィナンシャル・グループ コンプライアンス統括部長、国際企画部部長を歴任。2013年4月より専修大学にて教鞭を執る。専門は国際金融、企業ガバナンス・コンプライアンス、金融規制・制度論、ファイナンス論、金融教育。国際通貨研究所客員研究員。