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ニューノーマル時代の大学

ヒューモニー特別連載2

第5回 春学期終了――浮き彫りになった課題

2020年08月07日 掲載

筆者 渡邊隆彦(わたなべ・たかひこ)  

学生は思っていたより寂しがっている…。リモート授業の日常化にともない顕在化したさまざまな課題とそれへの対応策を渡邊隆彦准教授が提示する。

7月末、春学期が終わりました。ゴールデンウィーク明けにリモート授業が始まり、一度も学生と会うことのなかった3か月でした。 リモート授業がスタートした当初は、学生もわれわれ教員も新しい環境に適応するためにバタバタし、同時に新鮮さを感じるハレ(非日常)の時間でした。しかし、それが3か月続くとケ(日常)になります。最初は見えなかったことが見えてきました。

本連載第1回で、「出席率が初回は驚異の99%、その後も6月前半まで9割前後をキープ」というお話をしました。しかし、6月半ばを過ぎると出席率は目に見えて低下し、最終月の7月は6~7割の出席率に落ち着いてしまいました。これは、従来の対面型での私の授業の出席率とほぼ同じです。いったいどういうことなのでしょう。

どうやら、テレワークを急遽導入した企業の現場にもこれと似た現象があるようです。

「ノートパソコンだけ持ってリゾート地に遊びに行き、仕事をやっているふりをするツワモノがいると聞いたけれど、これは本当? 逆に、テレワークを自宅でやるとオンとオフとの境目があいまいになり、長時間労働に陥る『リモート残業問題』があるとも耳にする。貴社での実情は『サボり』と『過労働』のどちらに寄ってますか?」

会社勤めをする友人の何人かにこんな質問をしたのですが、答えは一様に、「出社して働こうがテレワークだろうが、マジメに働く奴は常にマジメに働くし、サボる奴はいつだってサボる」というものでした。

「働きアリのうち、よく働くアリと、普通に働き時々サボるアリと、ずっとサボっているアリの割合は2:6:2」だと言われますが、この「働きアリの法則(wiki参照)」は、出社かテレワークかを問わず、企業の労働実態にあてはまるようです。

大学においても、まじめな2割の学生は対面でもリモートでもまじめに出席し、授業に出る気がない2割の学生は、授業をどうやろうが出てこない、という仮説は、私の実感にも合います。まじめな「2」と、「浮動票6」のうち「4~5」が出席すれば、出席率が6~7割になりますので、この仮説もあながち的外れではなさそうです。

そして、6割の「浮動票」学生は、「リモート授業は朝が楽でサイコー!」と言った同じ口で翌日には「周りに仲間がいないリモート授業は、なんかモチベーションが上がらないし~」とのたまう。そんな”浮気な”声こそが、イマドキの学生たちのリアルな状況を物語っているのかもしれません。

一方で、ゼミナールの学生にこの春学期を振り返っての感想を訊いたところ、多くの学生から「仲間に会えなくて寂しい」との声が聞かれました。 私は、学生のリモート授業支持率が想定以上に高かったこと(第2回参照)や、対面よりLINEでの連絡を多用する学生の姿をコロナ以前から見ていたこともあり、「さすが、デジタルネイティブと呼ばれる世代は、苦もなくリモート環境に適応するのだな」と感心していたのですが、彼らも心の奥底では戸惑いを感じていたのです。

友人と気軽に会って話をしたり、ゼミやサークルの先輩・後輩とバッタリ会った時にいろいろな情報交換をしたりする機会が失われたことは、デジタルネイティブ世代にとっても大きな精神的負荷だったようです。私のゼミでは既に「ゼミ生同士の雑談タイム」を設けていましたが、今後はもっと意識的に、学生同士が気軽に交流できる機会を増やしていこうと思います。

とはいえ、今後もリモート授業は続いていきます。秋学期も授業はリモートで行う、あるいはリモート授業と対面授業の「ハイブリッド方式」で行う、との方針を多くの大学が決め始めました。

リモート授業を継続するからには、春学期と同じことを漫然と繰り返すのではなく、改善できる点は改善していかなければなりません。

では改善点はどこか。先ほども述べたように、大学のリモート授業導入に先行してテレワークをスタートした企業の事例が参考になるかもしれません。私は、「テレワークで起こった『悩みごと』から得られる示唆は多いのではないか?」という問題意識のもと、会社勤めの友人たちに「テレワーク導入後の悩みごと」をヒアリングし、「悩みごとの時系列での変化」をざっくりまとめてみました(各ステップの時間幅は、およそ1週間から10日間くらいのイメージです)。

ステップ1: 仕事環境の基本整備に関する悩み

・自宅にWiFiルータがない、自宅のインターネット回線が遅い。

・ノートパソコンがない、仕事用の椅子がない。 ステップ2: 仕事環境の質に関する悩み

・専用のマイクスピーカーがないと、ビデオ会議で困る。

・モニターが大きくないと、あるいはセカンドモニターがないと、仕事がやりづらい。

 

ステップ3: コミュニケーションに関する悩み

・同僚と雑談できず、寂しさを感じる。

・上司との間で「業務上の指示と、それに対する報告」は行っているが、それ以外の相談時間がなくなってしまった。

ステップ4: 仕事環境に関する悩みの“続編”

・ダイニングテーブルでは仕事がやりづらいので、専用のデスクが欲しい。

・自宅には書斎がなく、育児や介護をしているので、仕事に集中できない。

・電気代が高くなったが、仕事分の電気代も自腹で払うのか。

・運動不足に陥っている。

ステップ5: 人間関係に関する悩み

・「ありがとう」といったちょっとした一言をかける機会がないので、同僚との関係がギクシャクしてきたように感じる。

・部下の仕事ぶりが分からず、不安(上司)。

・上司に放置されているようで、不安。あるいは上司からマイクロマネジメントされ、不満(部下)。

企業における「テレワーク導入後の悩みごと」は、おおむねこのようなところです。こうした悩みごとの一部は、既に大学のリモート授業でも発生しています。

「遠隔(ネット経由)」による悩みごとは、仕事環境(学習環境)に関する「ハード面の悩み」と、コミュニケーションや人間関係に関する「ソフト面の悩み」に大別されます。

まず「ハード面の悩み」ですが、これは情報通信環境に関するものと、ワーキングスペースに関するものに分かれます。前者は、大学・企業・家庭を含む日本国全体のデジタライゼーション(デジタル化、デジタル活用)の遅れに起因するものであり、コロナ感染拡大によって浮き彫りにされた「日本の致命的欠陥」が表出したものです。カネさえかければ技術的には解決可能なものばかりですが、そのコスト負担をどうするかが大きな問題であり、一部の大学は、学生の通信環境整備費用を一部補助しています。秋学期にかけて、情報通信まわりは、大学側・学生側ともしっかりと整えておきたいところです。

一方、ワーキングスペース(学習スペース)の問題は、日本の住宅事情に関する問題であり、すぐに解決することは難しそうです。実際、キャンパス通学を前提とした狭い部屋に下宿していて机や椅子は持っていない学生や、自宅にいるが自分専用の部屋はなかったり、幼い弟妹たちが騒がしかったりする学生は、数多くいるものと思われます。こうした学生の一部が、やむをえずカフェやファミレスでリモート授業を受講して長居してしまい、店側が苦情を訴えるといった副次的な問題も起きているようです。このままでは、「リモート授業難民」が発生しかねない状況です。

大学としてリモート授業を定着させていくのであれば、キャンパス内に三密を避けた「ネット対応もできる学習ブース」を設置するといった措置が必要なのかもしれません。あるいは、キャンパスから遠いところに住む学生は、大学キャンパス内ではなく、住まいの近くに学習ブースが必要でしょうから、主要駅近くのネットカフェが「三密を避けた学習ブース」を設置すれば、新たなビジネスとして成立する可能性もあるでしょう。

コミュニケーションや人間関係といった「ソフト面の悩み」は、目に見えづらいがために対応が後手に回る可能性があり、細かい気配りが必要だと思います。イマドキの学生はシャイですので、「学生同士のリモート雑談タイム」や「ゼミ担当教員との1on1リモートミーティング(テーマは学生の近況報告)」といった仕掛けをつくり、秋学期からは学生を強制的に参加させてみよう、と私自身は考えています。学生にとってはありがた迷惑かもしれませんが…。 また、対面授業を一部実施する「ハイブリッド型」を採用する大学においては、学生がキャンパスに来る機会を捉え、対面授業の実施もさることながら、学生同士や学生と教職員間のリアルなコミュニケーション・精神的交流を深める時間帯をできるだけ長く設定し(もちろん三密を回避しながら)、学生に「自分は孤立している訳ではなく、多くの人に見守られているのだ」という安心感を与えることが求められるのではないでしょうか。 秋学期以降もオンライン授業を継続するということであれば、われわれ大学人はハード面・ソフト面両方の課題に取り組んでいかなければなりません。そして、これらの課題をひとつひとつ解決していくことが、「ウィズコロナ時代の新しい大学」をつくることに繋がっていくのでしょう。
(構成/鍋田吉郎)

*大学と一口に言っても、実験や実習が欠かせない工学系・医薬系や、実技が不可欠の体育系・芸術系、また人文科学系でもフィールドワークが必須の分野など、事情は様々です。本稿は、講義とゼミナールを主軸に置く人文科学系の教員から視たものとご理解ください(筆者より)。

*ここに記す内容は渡邊隆彦准教授個人の見解であり、渡邊准教授の所属する組織としての見解を示すものではないことをご承知おきください(ヒューモニー編集部)。

連載第6回「『対面VSリモート』議論が見逃しているコト」(8月14日掲載予定)

鍋田吉郎(ライター・漫画原作者)

なべた・よしお。1987年東京大学法学部卒。日本債券信用銀行入行。退行後、フリーランス・ライターとして雑誌への寄稿、単行本の執筆・構成編集、漫画原作に携わる。取材・執筆分野は、政治、経済、ビジネス、法律、社会問題からアウトドア、芸能、スポーツ、文化まで広範囲にわたる。地方創生のアドバイザー、奨学金財団の選考委員も務める。主な著書・漫画原作は『稲盛和夫「仕事は楽しく」』(小学館)、『コンデ・コマ』(小学館ヤングサンデー全17巻)、『現在官僚系もふ』(小学館ビックコミックスピリッツ全8巻)、『学習まんが 日本の歴史』(集英社)など。

■ヒューモニー特別連載2 ニューノーマル時代の大学

写真/ 渡邊隆彦、ヒューモニー
レイアウト/本間デザイン事務所

筆者

渡邊隆彦(わたなべ・たかひこ)

専修大学商学部 准教授

1986年東京大学工学部計数工学科卒、92年MIT経営大学院修了。三菱UFJ銀行(現)にてプロジェクトファイナンス、デリバティブ開発・トレーディング、金融制度改革、投資銀行戦略、シンジケートローン業務企画、IFRS移行プロジェクト等を担当後、三菱UFJフィナンシャル・グループ コンプライアンス統括部長、国際企画部部長を歴任。2013年4月より専修大学にて教鞭を執る。専門は国際金融、企業ガバナンス・コンプライアンス、金融規制・制度論、ファイナンス論、金融教育。国際通貨研究所客員研究員。