コスパで測るコロナ下の学校教育と大学受験

ヒューモニー特別連載4

第2回 コスパで考える大学入試

2020年11月21日 掲載

筆者 赤林英夫(あかばやし・ひでお)  

「現状はコスパがいいから浪人する」「奨学金や学費無償化は“社会のコスパ”の視点で仕組みを考えるべき」――教育経済学の第一人者・赤林教授の主張の真意とは?

 教育をコスパ(費用対効果)で考える――今回は大学入試と高等教育無償化について考えてみたいと思います。

 

ガラパゴスな日本の大学入試

大学入試のあり方は、高校生はもちろん小中学生にも影響があります。特に高校生には知っておいてほしいのですが、日本の受験はどの国とも違う「ガラパゴス入試」です。受験競争の厳しい国は韓国や中国など他にもたくさんありますが、日本は特に違います。 日本では、国立大学や県立高校入試などのように、事実上公立校は1つ(大学の場合、後期日程等を含めても2校)しか受けられない統一試験があり、それ以外の私立は日程さえクリアすればいくつでも受けられます。そのため大学入試では、国公立については志願先を絞り込んで受験しなければなりません。また、私立大学は、学費では国公立に勝てないため、独自の教育を提供し、大学の個性や文化を強調することが戦略になります。しかし現実には、偏差値等による序列化が進んでいます。

このような「ガラパゴス入試」の下、浪人生が多いのも日本の特徴です。中国や韓国にも浪人は存在しますが、日本ほどではないようです。なぜ、日本では何年も浪人する人がいるのでしょうか。受験生から見たコスパで考えてみましょう。

・大学間の評判や、そこに入ることでの生涯所得の差が大きい(東大、医学部など)。

・国公立大学には年に1(2)校しか志願できず、合否にギャンブル性が高い。

・何年か浪人して大学ごとの過去問に習熟すると点数が上がる傾向にあり、また、「まぐれ」で合格する可能性も高くなる。

毎年出題傾向は大きく変わらないのに、大学間で収益(コスパ)が違うため、何度も挑戦することがよい投資になっているのです。特定の大学に特化した予備校の役割は、そのような傾向を把握し、予想問題(●●大学模試)を作成することにあります。受験には努力も必要ですが、それ以上に年に一度の偶然を求めて浪人するわけです。

しかし、大学入試の勉強というのは、所詮、答えのある、過去のものになった内容です。その出題傾向を1年かけて学ぶことは、大学や社会で答えのない課題に1年取り組むことと同じだけの価値があるのでしょうか。

日本は、国際学力テストでは世界のトップクラスです。しかし、大人になってからの生産性(就業者1人当たり労働生産性)は、OECD36カ国の中で21位です。私は海外の研究者から、日本人は学力が高いのになぜ社会での生産性が低いのか、と不思議な顔をされます。答えがある勉強に多くの時間を費やすことは、日本の未来を担う若者にとって本当に意義があることなのか、高校生の皆さんには、是非一度そのことを、真剣に考えて欲しいと思います。

(参考)OECD 生徒の学習到達度調査2018年調査 (文部科学省)

(参考)労働生産性の国際比較(公益財団法人日本生産性本部)

海外の大学入試

中国では、毎年6月に省ごとに共通の大学入試(高考)を受験すると、ほぼ2週間後に自分の成績がネット上でわかります(作文のテストもあるので驚異的なスピードです)。その上で、複数の志望大学の中から1つが割り当てられます。その後の変更はききません。当然、あまり強く志望しなかった大学かも知れませんが、多くの人は浪人を避けて割り当てられた大学に行きます。それが不満であれば、大学院でのリベンジを考えるのです。もちろん、海外の大学院も視野に入ります。

浪人もいますが、日本のように何年もする人はいません。その理由を中国からの留学生に尋ねると、複数志望できるからどこかに入れること、浪人は時間とお金がかかる割にはリスクが高いから、ということです。

韓国も、統一テスト(スヌン)を1度受けることで、国公立や私立を含めて複数の大学を志願することができる点が特徴です。ただ、日本のように大学間のランクの差が大きく、最近は個別面接や論文による早期推薦入学が増えており、その対策ができる家庭とそうでない家庭の差が問題になっている点では、日本に近い部分もあります。

欧州では、大学入試は日本ほど厳格ではありません。チェコからの留学生に聞くと、チェコでは、大学間には日本ほどの差は無く(大学のランクの差は研究水準の差に基づきます)、高校生はどこに入るかはそれほどこだわりません。一方、入学してから最初の1学期目で2割ぐらいの人が単位取得の困難により退学するそうです。大学もそれを見越して、入試はゆるくしつつ、最初の学期に相当厳しく勉強させるようです。勉強しない(つまり、社会に還元できる力をつけない)学生を在籍させるのは時間と税金の無駄だからでしょう。 学生のほうも、学費は無償ですから、大学や学部を変更してもロスは時間だけです。「失敗」の烙印を感じることなく、自分に適した学問や技術を身につけるために、最初の数年は大学を動きます。すなわち、退学もかなり多いのです。

日本では、大学に入るまでにお金と時間を使い、入ってからも多額の学費を払うので、入学後、少し成績が悪いぐらいで退学させられると、学生にとっても失うものが大きいのが現実です。大学も、授業料収入が重要なので、容易に退学にはさせません。

日本で大学の無償化は意味あるか

コロナ騒動の陰で、昨年の消費税引き上げを財源とした「高等教育無償化」がひっそりと始まりました。ある推計によると、対象になる学生は4に1人で、無償化というよりは、実際には一部を対象とした学費減額・減免の拡大と言ったほうがいいでしょう。

(参考)高等教育の修学支援新制度(文部科学省)

(参考)高等教育無償化で学生が流出する地域はどこか(大和総研)

今回の無償化でよく比較されるのは欧州の大学です。欧州の多くの国では、自国民に対して大学(ほとんどは国立)教育は無料です(英国は例外的に学費が高い)。それを踏まえて、在籍については厳しく管理されるわけです。

OECD諸国の国公立大学の自国民学生の平均(もしくは典型的な)学費(出典)Education at a Glance 2019 Table C5.2.から作成。データは2017-8のもので、データのない国は省かれている。

日本での学費の無償化も、対象となる学生の条件に、成績が一定程度を保つことが含まれています。例えば、留年をしたらほぼ確実に学費の減免は止まるでしょう。

(参考)高等教育の修学支援新制度に係る質問と回答(Q&A)4-6. 学業成績・学修意欲に関する要件(在学採用の申込時点(2年次以上))について(文部科学省)

もちろん、大学に入ってから学費もかからず、欧州に比べれば楽な学生生活を送る中で、一定の緊張感を持たせることは重要でしょう。しかし、例えば、機械的に、大学4年進学時に留年し、そこで発生した学費が払えずに退学したとしましょう。本人の責任ではありますが、社会にとっても本人にとっても、税金と時間の多大な浪費です。

同様のことは、奨学金についても言えます。奨学金のほとんどは貸与型で、親の経済状態が悪いから借りる場合がほとんどです。奨学金に加えてアルバイトで生活費を賄う学生も多いです。しかし、コロナ禍でそれができなくなることで、休学や退学を考える学生が増えているという報道がありました。

(参考)「コロナ休学・退学」に怯える大学生の困窮実態(東洋経済) 貸与奨学金は純然たる負債なので、卒業を目前に退学すると、高卒扱いで仕事を探し、しかし、大学を卒業した場合に近い借金を抱えてしまいます。

貸与型奨学金の問題については、政府も改善策を講じていますが、一方で、借りたら契約通り返すのが当たり前、すべて自己責任、と言う声が多くあります。それを言われてしまうと、奨学金を借りている学生や返済中の社会人は声を上げにくい立場です。

住宅ローンであれば不動産が担保になりますが、人は担保になりません。教育はリスクのある「投資」だと考えて、社会全体で回収する仕組みが必要です。借金だけさせて大学を中退させると社会としては無駄になる、という視点で考えるべきでしょう。

学費無償化に関しても、投下した税金を無駄にしない=社会として無駄にしないためには、大学入試のあり方や大学の教育課程を戦略的に見直す必要があるでしょう。それについては、次回論じてみたいと思います。

 

※ここに記す内容は所属団体と離れ、赤林英夫教授個人の見解であることをご承知おきください(ヒューモニー編集部)。

 

連載第3回「学費無償化のコスパを担保するためには?」(1128日掲載予定)

鍋田吉郎(ライター・漫画原作者)

なべた・よしお。1987年東京大学法学部卒。日本債券信用銀行入行。退行後、フリーランス・ライターとして雑誌への寄稿、単行本の執筆・構成編集、漫画原作に携わる。取材・執筆分野は、政治、経済、ビジネス、法律、社会問題からアウトドア、芸能、スポーツ、文化まで広範囲にわたる。地方創生のアドバイザー、奨学金財団の選考委員も務める。主な著書・漫画原作は『稲盛和夫「仕事は楽しく」』(小学館)、『コンデ・コマ』(小学館ヤングサンデー全17巻)、『現在官僚系もふ』(小学館ビックコミックスピリッツ全8巻)、『学習まんが 日本の歴史』(集英社)など。

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レイアウト/本間デザイン事務所

筆者

赤林英夫(あかばやし・ひでお)

慶應義塾大学経済学部教授
同経済研究所こどもの機会均等研究センター(CREOC)センター長
株式会社ガッコム創業者・代表取締役会長

1988年東京大学大学院総合文化研究科終了、1996年シカゴ大学経済学大学院博士課程(Pd.D)。
1988年通商産業省、1995年マイアミ大学ビジネススクール経済学部客員専任講師、1996年世界銀行コンサルタントエコノミストなどを経て現職。
その間、全米経済研究所客員研究員、東大・一橋大・政策研究大学院大学等で客員。主要著書に「学力・心理・家庭背景の経済分析」(2016年。直井道生・敷島千鶴との共編著)。
教育の経済学、家族の経済学、行動経済学、経済政策を専門とし、全国の子どものサンプルを追跡する「日本子どもパネル調査」の実施を主導。
現在、経済・財政一体改革推進委員会に設置されている「経済社会の活力ワーキンググループ」の委員を務める。