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フェイクニュースの研究

ヒューモニー特別連載5

第5回 「自分が信じたい陰謀論」に騙される

2022年07月15日 掲載

筆者 山口真一(やまぐち・しんいち)  

陰謀論は世界中に存在する。コロナ関連でも「コロナワクチンは人口減少を目論んだものだ」などの陰謀論を信じる人が少なからずいる。人が陰謀論を信じる背景にあるのは「人の欲求」だった。

フェイクニュースの中には「陰謀論」といわれるものがある。定義は難しいが、概ね「何らかの出来事について、背後に強力な集団・組織による力が働いているという考え」といえる。例えば、「1969年に人類が月面に着陸したというのはでっち上げだった」「2001年の米国同時多発テロの首謀者は米国政府(ブッシュ元大統領)であった」といったものだ。

荒唐無稽で誰がそんなものを信じるのか?というように思うかもしれない。しかし『American Conspiracy Theories(アメリカの陰謀論)』などの著作がある米マイアミ大学教授のジョー・ウシンスキー氏は、「誰でも少なくともひとつは、陰謀論を信じている。もしかするといくつかは信じているかもしれない」と述べている

実際、英ケンブリッジ大学が「世界を支配する秘密結社が実は存在している」などの陰謀論5つを使って調査したところ、ほとんどの英国人がどれかについて「信じている」と答えた。しかも陰謀論を信じている人というのは、引きこもりでネットのヘビーユーザで……というステレオタイプのイメージとは異なり、「社会的な階級や性別や年齢を問わず存在する」ようだ。

「ワクチンは人口減少を目論んだもの」――11.1%が信じ、31.4%が真偽判断を迷っている
この陰謀論という単語、最近日本でも話題だ。なぜならば、コロナワクチンや新型コロナウイルス関連で多くの陰謀論が世界中で拡散されたためである。

典型的なものとして、「コロナワクチンにはマイクロチップが含まれており、人類をコントロール(行動を監視)するためのものである」「世界の黒幕が人口を減少させるために仕組んだものだ」などがある。

ポイントは、こういった陰謀論が発生するのにはきっかけがあり、陰謀論を信じている人はそのきっかけから、かなりロジカルに陰謀論を考えているという点である。実際、筆者が「ワクチンデマ対策シンポジウム」に登壇した直後、「コロナワクチンは人口減少を目論んだ仕組まれたものだ」という話を、様々な文献を参照しながら長文で説明したメッセージを受け取ったことがある。

根拠はこうだ。米Microsoftの創業者であるビル・ゲイツ氏は、世界的な講演動画配信サイトTEDで、2010年に「ワクチンで人口増加を抑制する」旨の発言をした。これは、発展途上国では乳幼児の死亡率と出生率が高いことを踏まえて、ワクチンで乳幼児の死亡率を抑えれば、出生率も低下して人口爆発が防げるという趣旨のものであった。

しかしこの発言が曲解・一部切り取られ、現在の新型コロナウイルスは計画されたものであり、そのワクチンは人口抑制を目論むビル・ゲイツ氏の陰謀であるという陰謀論がソーシャルメディア上で拡散されたのである(このように人口抑制・人口減少を目論んでいるという言説は多様に存在し、目論んでいるとされる人がビル・ゲイツ氏でない場合もある)。

新型コロナウイルスは計画されたものであるという言説は「plandemic」といわれ、中には800万回再生された動画もある。plandemicには前述の「コロナワクチンにはマイクロチップが含まれており、人類をコントロール(行動を監視)するためのものである」も含まれ、その首謀者がビル・ゲイツ氏であるといった類の言説も存在する。しかしこうした陰謀論は、英国ロイター通信のファクトチェックなどによって否定されている。

この「コロナワクチンは人口減少を目論んだものだ」という陰謀論、日本でも少なくない人が信じていることが分かっている。筆者の研究チームが調査したところ、この陰謀論を知っている人は4.2%存在し、さらにその中で11.1%の人がその情報を信じ、31.4%の人が正しいかどうか分からないと回答したのである(図1)。つまり、この情報を知った人の10人に1人以上は信じているのだ。

図1 「コロナワクチンは人口減少を目論んだものだ」の真偽判断結果出典:筆者ほか(2022)「わが国における偽・誤情報の実態の把握と社会的対処の検討 ―政治・ コロナワクチン等の偽・誤情報の実証分析―」

日本にも広がる「Qアノン」

陰謀論には政治的なものも少なくない。米国では2021年1月6日に、大統領選挙でのバイデン氏陣営の不正を訴えてトランプ支持者らが国会議事堂を襲撃する事件(米国議会議事堂襲撃事件)が起きた。その背後には、「Qアノン」と呼ばれる陰謀論者の集団があったとされる。「Q」はインターネットの掲示板である4chanに2017年頃から投稿を始めた謎のトランプ支持者が名乗った名前で、「アノン」は匿名を意味する「アノニマス(anonymous)」の略である。

彼らは、「米国の政財界やメディアは“ディープ・ステート(闇の政府)”に牛耳られている。トランプ氏がこの闇の政府と戦っている」、「世界は悪魔を崇拝する小児性愛者のリベラル派によって支配されている」などの陰謀論を掲げている。

これは日本を含む70以上の国に広がっているという報告もある。これらの人々は2018年頃から行動を起こし始め、2018年4月には、司法省の前で、民主党関係者の犯罪行為を明らかにするよう求めるデモを行った。そして、「自分たち以外の誰かによって世界が支配され、自分たちはその被害者だ」という被害者意識を持っているといわれる。

一見すると荒唐無稽な話であるが、2020年の調査では、トランプ氏の支持者の約半数が、Qアノンの具体的な内容の1つである「民主党がエリートの児童性売買組織に関与している」を信じていると回答していた

さらにこのQアノンは、新型コロナウイルス感染症の流行によって加速した。Qアノンを信じる人たちは、「新型コロナウイルスはデマだ(存在しない)」という陰謀論を信じ、マスク着用や外出規制などの政府の感染防止策に反対している。実際、新型コロナウイルス感染拡大やロックダウンが始まった2020年3月以降、Qアノンのソーシャルメディアアカウントが大幅に増加していることが指摘されている。

日本でも少なからず広まっている。2020年11月には、トランプ氏の敗北を認めない人たちが「マスコミによるフェイクに惑わされるな!」と書かれた横断幕などを掲げ、デモを起こした。彼らの行動の背景にもQアノンがある。日本人であるので、QアノンをもじってJアノンなどといわれる。

人の欲求が陰謀論を信じさせる

こうした陰謀論が広まる理由として、英国ケント大学は次の3つを指摘している

  • 知識への欲求:パンデミックやテロ事件が起きた理由を知ろうとする。その中で間違った場所に答えを見つけてしまう人もいる。
  • 安心したい欲求:自分が事態を制御できていないことについて、その説明を求める。
  •  優越感への欲求:「他の人が持っていない情報を持ち、真実を知っている」と考えることで気持ち良くいられる。

また、カリフォルニア大学教授のジョン・ピエール氏は「Qアノンを信じる人の多くは、主要メディアの情報に不信感を持ち、インターネットやソーシャルメディアで多くの時間を費やして、自分が納得できる情報を探している」と説明している。前述したJアノンの例でもわかるだろう。

忘れてはいけないのは、こういったことは誰にでも起こり得るということである。例えば、前述の「2001年の米国同時多発テロの首謀者は米国政府(ブッシュ元大統領)であった」という陰謀論を信じている人の多くは民主党支持者で、Qアノンを信じている人の多くが共和党支持者なのである。

人は皆認知バイアスを持っている。要するに、自分の信じたい陰謀論を、自分の欲求のままに信じてしまうのは、ある種自然なことなのである。だからこそ、我々一人一人が「自分も陰謀論にハマるかもしれない」と注意しながら情報と接する必要があるのだ。

身近な人が陰謀論を信じたら

悲惨なのが、身近な人が陰謀論に強く傾倒するケースだ。NHKの取材コメントからもその辛さが伝わってくる。

「妻が『コロナはウソだ、ワクチンを打つと2年後に死ぬ』などの情報を信じ、小学生の子どもとデモ活動に参加しています。コロナの話をすると口論になるので、家での会話はほとんどありません。」
「両親とも陰謀論を信じ込み、その影響で私がストレス性の胃腸炎に1ヶ月に2回なってしまいました。政治家などの権威のある人が言った事は“全部ウソ”という受け止め方をするんです。我慢できなくなり、私が実家を出てひとり暮らしをすることになりました。」

家庭崩壊するだけでなく、中には離婚に至った事例もある。筆者の周りでも、身内に陰謀論者が出て大変な状況にある人がいる。

このように身近な人が陰謀論にはまってしまった場合、残念ながら特効薬はない。重要なのは、頭ごなしに否定しないことだ。頭ごなしに否定すると関係が悪化するだけでなく、バックファイア効果(自分の考えを否定されると、かえってより強く自分の考えを信じ込んでしまうこと)でより反発して強固に陰謀論を信じていく可能性がある。根気よく共有の経験や思い出を話すなどしてしっかりとコミュニケーションをとることや、陰謀論の真偽について口論をせずに自ら疑念を抱いてもらうように促すことなどが推奨されている

『ソーシャルメディア解体全書』(勁草書房)

 

連載第6回は7月29日掲載予定です。

■ヒューモニー特別連載5 フェイクニュースの研究

写真/ 山口真一
レイアウト/本間デザイン事務所

筆者

山口真一(やまぐち・しんいち)

国際大学グローバル・コミュニケーション・センター准教授

1986年生まれ。博士(経済学・慶應義塾大学)。2020年より現職。専門は計量経済学。研究分野は、ネットメディア論、情報経済論、情報社会のビジネス等。「あさイチ」「クローズアップ現代+」(NHK)や「日本経済新聞」をはじめとして、メディアにも多数出演・掲載。KDDI Foundation Award貢献賞、組織学会高宮賞、情報通信学会論文賞(2回)、電気通信普及財団賞、紀伊國屋じんぶん大賞を受賞。主な著作に『正義を振りかざす「極端な人」の正体』(光文社)、『なぜ、それは儲かるのか』(草思社)、『炎上とクチコミの経済学』(朝日新聞出版)、『ネット炎上の研究』(勁草書房)などがある。他に、東京大学客員連携研究員、早稲田大学ビジネススクール兼任講師、株式会社エコノミクスデザインシニアエコノミスト、日経新聞Think!エキスパート、日本リスクコミュニケーション協会理事、シエンプレ株式会社顧問、総務省・厚労省の検討会委員なども務める。