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フェイクニュースの研究

ヒューモニー特別連載5

第2回 フェイクニュースが社会に蔓延するメカニズム

2022年06月03日 掲載

筆者 山口真一(やまぐち・しんいち)  

フェイクニュースは事実に比べ6倍のスピードで拡散していく。なぜ、これほど社会に広まってしまうのか。その背景には、「フェイクニュースを信じている人は、そうでない人に比べてはるかにその情報を拡散する」「フェイクニュースは目新しい」「怒りはSNS上で最も拡散される」という3つの要因がある。

この社会には、実に大量のフェイクニュースが広まっている。新型コロナウイルスに関連しても、「2020年4月1日に東京がロックダウンされる」「新型コロナウイルスは26~27度のお湯を飲むと予防できる」などのフェイクニュースを見た人は多いのではないだろうか。今年の2月に開始したロシアのウクライナ侵攻に関連しても、多くの根拠不明情報を目にする。

それもそのはずだ。実は、――フェイクニュースの方が事実のニュースよりも拡散スピードが速く、また、拡散範囲が広い――という衝撃的な研究結果が、2018年に科学誌Scienceに掲載されている。研究では、300万人のTwitterユーザの間で流布した12万6,000件のニュース項目を分析した。その結果、なんと事実がTwitter上で1,500人以上にリーチするには、フェイクニュースより約6倍の時間がかかっていたのである。

なぜこれほどまでにフェイクニュースは広まりやすいのか。そこには主に次の3つの要因がある。

  1. フェイクニュースを信じている人は、そうでない人に比べてはるかにその情報を拡散する
  2. フェイクニュースは目新しい
  3. 怒りはSNS上で最も拡散される

フェイクニュース、信じている人ほど拡散

最も大きな理由は、フェイクニュースが作成・発信されたとき、それを拡散したがるのは「信じている人」であるという点だ。私の研究チームは、2022年1月に5,074名を対象として、ファクトチェック済み(FIJやその関連団体によって誤り・根拠不明であることが確認されている)の実際のフェイクニュースを使って調査を行った。調査では、政治関連のフェイクニュース6つiを使用した。

図1は、政治関連のフェイクニュースを知った人がどのように判断したか、それぞれ「正しいと思う」「わからない・どちらともいえない」「誤った情報・根拠不明情報だと思う」の3つで回答してもらった結果だ。

図1 フェイクニュースの真偽判断結果(政治関連)
出典:筆者ほか(2022)「わが国における偽・誤情報の実態の把握と社会的対処の検討 ―政治・ コロナワクチン等の偽・誤情報の実証分析―」

これを見ると、ファクトチェック済みの情報にもかかわらず、どのフェイクニュースでも「誤った情報・根拠不明情報だと思う」人は20%前後しかいないことが分かる。その一方で、「正しい情報だと思う」人は40%前後いる。

さて、続けてその情報をSNS、メッセージアプリ、直接の会話などなどで拡散した人における、真偽判断結果が図2である。ただし図2では、「誤った情報・根拠不明だと思う」について、誤情報と判断したことを付記したかどうか別で示している。

図2 フェイクニュース拡散者の中での真偽判断結果(政治関連)
出典:筆者ほか(2022)「わが国における偽・誤情報の実態の把握と社会的対処の検討 ―政治・ コロナワクチン等の偽・誤情報の実証分析―」

図2から特徴的なことが分かる。それは、「正しい情報だと思う」人が図1に比べて圧倒的に多いことだ。どのフェイクニュースでも60%前後の人がそれを信じていることが分かる。つまり、フェイクニュースを信じている人ほどその情報を圧倒的に拡散しやすいといえる。

一方、「誤った情報・根拠不明情報だと思う」人もやや多くなっているが、誤っていることを伝えていない人も少なからずおり、その結果誤っていることを拡散した人は極端に少ないことが示唆されている。さらに、数学的モデルを使って定量的な分析を進めると、フェイクニュースを拡散する人は「メディアリテラシー」と「情報リテラシー」が顕著に低いということも明らかになった。

これらの事実は、情報拡散過程において、誤った情報を信じている人ほどそれをはるかに積極的に拡散し、メディアリテラシー・情報リテラシーの低い人ほどやはりフェイクニュースを拡散しているということを示す。一方、訂正情報は中々広まらない。私たちが触れている情報環境というのは、そういった拡散メカニズムによってフェイクニュースが広まっている環境だということだ。

フェイクニュースは目新しい

フェイクニュースが広まりやすい理由の2つ目は、フェイクニュースは目新しいということである。冒頭で紹介したTwitterを分析した論文では、目新しさがフェイクニュース拡散の原動力であると指摘している。フェイクニュースと事実のニュースについて分析したところ、目新しさに関するどんな指標と照らし合わせても、フェイクニュースが事実を上回ることが明らかになった。

これは考えてみれば当然の話である。事実というのは、地味で地に足のついたものだ。その一方で、フェイクニュースは言ってしまえば創作なので、いくらでも目新しい内容にできる。あまりに奇抜であれば嘘と見抜かれてしまうだろうが、事実味を混ぜたうえで、目新しくセンセーショナルにすることは容易いだろう。

人は目新しいものに注目しやすく、また、人々に広めたくなることが分かっている。目新しいフェイクニュースに出会ったとき、事実よりもよほど拡散したくなってしまうわけである。

怒りはSNSで最も拡散される感情である

さらに、怒りやネガティブな感情は、SNS上で最も拡散されやすいようだ。中国のTwitterともいわれるWeiboにおいて、2010年から2011年にかけての、約28万人のユーザと約7,000万件のデータを使い、ユーザ同士がどういった感情でつながっているかを分析した研究がある。その研究によると、「怒り」「喜び」「嫌悪」「悲しみ」の四つの感情のうち、人々は特に「怒り」の感情を共有してつながっている傾向があることが明らかになったのである。

また、ニュースをSNSでシェアする動機について分析した研究でも、シェア理由として多かったのが特定のイデオロギーや怒りの主張で、全体の67%を占めていたのである。さらに、大統領の政策や行動を「共に憎む」ためにニュースを共有しているという現象もみられた。

これはフェイクニュースの拡散と深くかかわる。実は、フェイクニュースは真のニュースよりも怒りの感情が多く、喜びの感情が少ないことが明らかになっている。そして特にこの傾向は、拡散数が多いものについて顕著だったようである。私の研究でも、政治関連のフェイクニュースを信じて拡散する動機として、「怒りを感じ、伝える必要があると思ったから」が最も多かった。

「この人は許せない」「この事実を広めてやらなければいけない」――人々はこのような怒りの感情を抱いたとき、怒りの投稿とともに情報を拡散してしまうのだ。

フェイクニュースが蔓延していることを前提に情報に接する

インターネットが普及し、情報爆発が起こった。日々数多の情報が生み出され、我々はそれを見ることができる。しかしその情報環境において、フェイクニュースの方が広まりやすいというバイアスがあるのは間違いないのである。我々にできることは、フェイクニュースが多く存在・拡散されていることを前提に情報と接し、「自分は騙されない」と驕らないことだろう。

そして何より重要なのが、「自分が拡散したくなった時ほど、実は騙されている可能性がある」ということだ。だからこそ、安易に拡散せずにまずは他の情報源を探すなど、情報の真偽を確かめる。それでも分からなければ拡散しないで自分でとどめる。それこそが、フェイクニュースの蔓延を防ぐ最善の方法なのである。

『ソーシャルメディア解体全書』(勁草書房・6月27日発売予定)

 

連載第3回は617日掲載予定です。

 


i 保守派にポジティブと考えられるニュース3件、リベラル派にポジティブと考えられるニュースを3件とした。さらに、その条件に合うもので拡散量の多いものを選択した。

■ヒューモニー特別連載5 フェイクニュースの研究

写真/ 山口真一
レイアウト/本間デザイン事務所

筆者

山口真一(やまぐち・しんいち)

国際大学グローバル・コミュニケーション・センター准教授

1986年生まれ。博士(経済学・慶應義塾大学)。2020年より現職。専門は計量経済学。研究分野は、ネットメディア論、情報経済論、情報社会のビジネス等。「あさイチ」「クローズアップ現代+」(NHK)や「日本経済新聞」をはじめとして、メディアにも多数出演・掲載。KDDI Foundation Award貢献賞、組織学会高宮賞、情報通信学会論文賞(2回)、電気通信普及財団賞、紀伊國屋じんぶん大賞を受賞。主な著作に『正義を振りかざす「極端な人」の正体』(光文社)、『なぜ、それは儲かるのか』(草思社)、『炎上とクチコミの経済学』(朝日新聞出版)、『ネット炎上の研究』(勁草書房)などがある。他に、東京大学客員連携研究員、早稲田大学ビジネススクール兼任講師、株式会社エコノミクスデザインシニアエコノミスト、日経新聞Think!エキスパート、日本リスクコミュニケーション協会理事、シエンプレ株式会社顧問、総務省・厚労省の検討会委員なども務める。